「なんとなくおかしい気がする。でも年のせいかもしれない」——そう思いながら、この記事にたどり着いた方へ。
その「なんとなく」という感覚は、案外正しいことが多いです。看護師・介護福祉士として15年間、多くのご家族と向き合ってきた経験からそう感じています。大事なのは「確信してから動く」ことではなく、「迷っている今」に一歩を踏み出すことです。
この記事では、年相応のもの忘れと認知症の違い、見落とされやすい初期サイン、受診を嫌がる場合の対応まで、現場の視点でわかりやすく解説します。
もの忘れと認知症、3つの見分けポイント
「体験の一部を忘れる」か「体験そのものを忘れる」か
年をとれば、誰でも物忘れは増えます。では、普通の物忘れと認知症の記憶障害は何が違うのでしょうか。
現場でよく使う見分け方が、次の3つのポイントです。
① 体験の「一部」を忘れるか、「全体」を忘れるか
昨日の夕食で何を食べたか思い出せない——これは年相応の物忘れによくあることです。一方、「昨日夕食を食べた」こと自体を覚えていない場合は、記憶の記録そのものに問題が起きている可能性があります。
② ヒントがあれば思い出せるか
「そういえば昨日、家族と一緒に食べたよね」と言われて「ああ、そうだった!」と思い出せるなら、記憶は残っています。ヒントを出しても全く記憶がよみがえらない場合は、注意が必要なサインになることがあります。
③ 本人に自覚があるか、生活に支障が出ているか
「最近物忘れが多くて…」と本人が気にしているうちは、自覚がある状態です。認知症が進むにつれて、自分の変化への気づきが薄れていく場合があります。また、物忘れによって同じ買い物を繰り返したり、約束を守れなくなったりと、日常生活への影響が出てきたときも受診を考えるサインです。
「相談したいけれど、まず何をすれば?」
**家族だけで地域包括支援センターに相談できます。**本人を連れて行く必要はありません。「受診させるべきか迷っている」「どこに相談すればいいかわからない」という段階から、無料で相談に乗ってもらえます。住んでいる市区町村の窓口か、「地域包括支援センター ○○市」で検索すると見つかります。
※この記事は受診を考えるきっかけのためのもので、診断はできません。なお、数日単位の急激な変化(急にぼんやりする・つじつまの合わない言動が突然出た等)は、せん妄など別の緊急性のある状態の可能性があります。その場合は早めに医療機関を受診してください。
見落としやすい初期サイン7つ
認知症の初期は、「物忘れ」より先に気づきにくい変化として現れることがよくあります。「なんかおかしい気がする」の正体は、以下の7つのサインである場合が少なくありません。
① 同じ話を何度も繰り返す
少し前に話したことを忘れて、また同じ話を始める。「さっき聞いたけど…」と思いながらも、何度も繰り返される場合は記憶の定着に変化が起きているサインです。
対応の仕方で家族関係が大きく変わります。対応のコツはこちら
② 「盗られた」と言うようになった
財布や通帳をしまった場所を忘れてしまい、「誰かに盗られた」と思い込む——これは「物盗られ妄想」と呼ばれる認知症の初期によく見られる症状です。本人にとっては本当のことなので、頭ごなしに否定すると関係が壊れてしまいます。
対応の詳細はこちらの記事で解説しています。
③ 夕方になると不安になる・混乱する
夕方から夜にかけて、不安が強くなったり落ち着きがなくなったりする「夕暮れ症候群」は、認知症の初期から現れる場合があります。「暗くなると帰ると言い張る」「夕方になるとそわそわする」といった変化は見逃しやすいサインです。
詳しくは夕暮れ症候群の記事をご覧ください。
④ 夜中に大声を出す・夢の行動が体に出る
「夜中に突然大声で叫ぶ」「寝ながら手足を激しく動かす」——これはレム睡眠行動障害(RBD)と呼ばれる症状で、夢の内容が実際の行動として出てしまう状態です。
原因のはっきりしないRBDを持つ方の多くが、数年から10年以上の経過で神経変性疾患(レビー小体型認知症やパーキンソン病など)を発症することが報告されており、前駆症状(前ぶれ)として注目されています。「寝相が悪くなった」と思われがちですが、注意しておきたい変化のひとつです。
睡眠の変化についてはこちらもあわせてご覧ください。
⑤ 外で道に迷うようになった
長年住んでいる地域なのに、スーパーや公園への道がわからなくなる。「迷子になって警察に保護された」という話は、認知症の家族を持つ方からよく聞きます。ひとり歩き(いわゆる徘徊)への備えを早めに考えておくことが重要です。
⑥ 食べたのに「食べていない」と言う
食事をしたことそのものを覚えていないため、「まだご飯を食べていない」と繰り返す場合があります。家族が「さっき食べたでしょう」と伝えても信じてもらえず、対応に悩むことが多いサインです。
食事をめぐる対応についてはこちらで詳しく解説しています。
⑦ 入浴や身だしなみが変わった
「入浴をひどく嫌がるようになった」「着替えをしなくなった」「身だしなみが乱れてきた」——これらは実行機能(段取りを考えて行動する力)の低下や、意欲の低下(アパシー)として現れることがあります。
「面倒くさがりになった」「怠け者になった」と誤解されやすいですが、本人が意図的にやらないのではなく、できなくなっている場合があります。
種類によって初期症状は違う。だから正しい診断が必要
認知症にはいくつかの種類があり、それぞれ初期の特徴が異なります。「認知症だから同じ」ではなく、種類によって使える薬や対応のコツも変わります。
| 種類 | 初期に出やすい症状 |
|---|---|
| アルツハイマー型 | 記憶障害(新しいことが覚えられない)が中心 |
| レビー小体型 | 幻視(実際にはないものが見える)・RBD・パーキンソン症状 |
| 前頭側頭型 | 性格の変化・同じ行動の繰り返し・言葉の変化 |
| 血管性 | 脳卒中後などに段階的に進行。まだら状の障害 |
MCIという段階があることも知っておいてください
「軽度認知障害(MCI)」は、認知症の一歩手前の状態です。日常生活には大きな支障がないけれど、記憶力などの認知機能が同年代より低下している状態を指します。
MCIの方が年間で認知症に移行する割合は5〜15%とされています。一方で、正常な認知機能に戻る方も一定数いることが報告されています(年間10〜20%程度とする研究もあり、調査の対象や方法によって幅があります)。
この幅を見て「早く知っても意味がない」と感じる方もいるかもしれません。でも私は現場で、早い段階でつながれた家族ほど選択肢が多かったと感じています。
早期受診の4つのメリット
「受診しても何も変わらないのでは」と思う方もいます。でも早めに動くことには、具体的なメリットがあります。
① 認知症に見えて「治療で改善する病気」が隠れていることがある
認知症に似た症状でも、原因を取り除くことで改善する可能性がある病気があります。現場でも実際に出会ったことのあるパターンです。
- 正常圧水頭症:歩行障害・尿失禁・認知機能の低下という3つの症状がそろう。手術で改善する場合がある
- 慢性硬膜下血腫:転倒後、数週間〜数ヶ月かけてじわじわ進む。手術で回復することがある
- 甲状腺機能低下症:全身の代謝が落ちることで認知機能に影響する。治療で改善する場合がある
- ビタミンB12欠乏:神経への影響で物忘れや混乱が出ることがある。補充で改善する場合がある
- 薬剤性認知症:複数の薬の組み合わせが影響していることがある。薬を見直すことで改善する場合がある
- うつによる仮性認知症:うつ状態が認知症に似た症状を引き起こす。うつの治療で改善する場合がある
「もしかして治せるものかもしれない」——その可能性を確かめるためだけでも、受診する価値があります。
② 早期にしか使えない治療の選択肢がある
2023年に承認されたレカネマブ(製品名:レケンビ)は、アルツハイマー病によるMCI・軽度認知症の方を対象とした、進行を緩やかにすることを目的とする治療薬です。ただし、中等度以降の認知症には適応外で、事前の検査や副作用の管理も含めて専門医の判断が必要です。すべての方に使えるわけではなく、あくまで「選択肢の一つ」として、詳細は主治医に相談することをおすすめします。
治療薬の研究は現在も進んでいます。早期診断を受けることが、こうした選択肢にアクセスできるかどうかに関わってきます。
③ 介護保険・制度の準備は時間がかかる
介護保険の要介護認定は、申請から認定通知まで原則30日以内と定められていますが、地域や状況によっては2ヶ月以上かかる場合もあります。なお、認定前でも申請日にさかのぼってサービスを利用できる仕組み(暫定利用)があるため、「早めに申請しておく」ことが何より重要です。手続きの流れは地域包括支援センターで教えてもらえます。「今はまだ大丈夫」という時期に動き始めることが、後で家族の負担を大きく減らします。
④ 本人が意思を伝えられるうちに話し合える
2024年に施行された認知症基本法では、認知症の方の意思決定支援が重要な柱の一つとして位置づけられています。「どこで暮らしたいか」「どんな介護を受けたいか」「財産の管理をどうするか」——こうした話し合いは、本人が自分の言葉で意思を伝えられる段階でしておくことが、何より大切です。
受診を嫌がるときはどうすればいいか
「病院に行こう」と伝えると、強く拒否される方は少なくありません。でも、これは普通の反応です。
「自分はおかしくない」と思うのは、自尊心を守ろうとする自然な心理です。責めたり、焦らせたりせず、まずは以下のステップで動いてみてください。
ステップ1:まず家族だけで地域包括支援センターに相談する
本人を連れて行かなくても大丈夫です。「どう説得すればいいか」「どこに相談すればいいか」という段階から、専門家に相談できます。
ステップ2:かかりつけ医に事前に相談する
かかりつけ医に「最近こういう変化があります」と事前に伝えておくと、診察の場で自然に認知機能のチェックをしてもらえることがあります。「認知症の検査」という言葉を使わず、「健康チェック」として受診を提案するのも一つの方法です。
ステップ3:認知症初期集中支援チームを活用する
どうしても受診が難しい場合、市区町村の「認知症初期集中支援チーム」に相談できます。専門家が自宅を訪問して支援してくれる仕組みです。地域包括支援センターから繋いでもらえます。
受診先としては、かかりつけ医から始めるのが一般的です。必要に応じて、もの忘れ外来・認知症疾患医療センター・脳神経内科・老年精神科に紹介してもらえます。
家族会のフリーダイヤル:0120-294-456(平日10〜15時)
「認知症の人と家族の会」が運営する相談窓口です。同じ経験をしてきた方が相談に乗ってくれます。一人で抱え込まずに使ってください(最新の受付時間は公式サイトでご確認ください)。
現場コラム:早く繋がれた家族の共通点
15年の現場で、早い段階で支援に繋がれた家族の方たちには、ある共通点があったと感じています。
それは、「確信してから動いたわけじゃない」ということです。
「まだ確定じゃないけど、念のため」「変かもしれないし、変じゃないかもしれないけど」——そういう半信半疑のうちに相談の電話を入れた方が、結果として早く支援に繋がっていました。
反対に、「はっきりするまで待とう」「もう少し様子を見よう」と思い続けた家族の場合、気づいたときには進行していて、選べる道が少なくなっていた——そういうケースも見てきました。
それでも、お伝えしたいのは「遅すぎるということはない」ということです。どの段階からでも、使える制度や支援は必ずあります。
「気づいた今が動くタイミング」です。完全な確信は必要ありません。
認知症の対応で疲れを感じている方へ
聞き流しのコツや介護疲れへの対処についての記事も参考にしてみてください。
セルフチェックリストについて
東京都健康長寿医療センター研究所が作成した「自分でできる認知症の気づきチェックリスト」(10項目)が、東京都や各区市のホームページで公開されています。あくまで「受診を考えるきっかけ」として使うもので、これ自体で認知症かどうかを診断できるものではありません。点数にかかわらず「気になる項目がある」と感じたら、それを相談のきっかけにしてください。本人や家族が記入でき、地域包括支援センターへの相談材料としても活用できます。
最新統計:認知症の実態(2024年5月公表データ)
よく「2025年には700万人」という数字を目にすることがありますが、これは2012年に発表された旧推計です。
2024年5月に公表された最新の推計(厚生労働省研究班・九州大学の二宮利治教授らによる研究)によると、2022年時点の認知症の人は約443万人(65歳以上人口の12.3%)、MCIの方は約559万人(15.5%)と推計されています。
将来推計では、2040年には認知症が約584万人、MCIが約613万人に増加する見込みです。
数字が更新されたことで「思ったより少ない」と感じる方もいるかもしれません。ただ現場の感覚として言えることは、数が減ったわけではなく、今も多くの家族が日々その現実と向き合っているということです。
まとめ
「年のせいかもしれない」という迷いは、相談しない理由にはなりません。むしろ、その「なんとなく」という気づきを大切にしてほしいと思います。
もの忘れと認知症の違いは、体験の「一部」を忘れるか「全体」を忘れるか、ヒントで思い出せるかどうかで見分けるのが一つの目安です。初期サインは記憶障害だけでなく、夕暮れの不安・睡眠の変化・身だしなみの乱れなど多様な形で現れます。
早期に動くことで、治せる原因が見つかる可能性、使える治療の選択肢、制度の準備、本人との話し合いなど、さまざまな選択肢が広がります。受診を嫌がる場合でも、家族だけで動ける方法があります。
一人で抱え込まず、まず地域包括支援センターに電話してみてください。
認知症の困りごとシリーズ(あわせて読みたい)
- 同じ話を何度も繰り返す——対応のコツ
- 「盗られた」と言われたとき——物盗られ妄想への対応
- 夕方になると不安になる——夕暮れ症候群とは
- 夜中に大声・昼夜逆転——睡眠の変化への対応
- 外で道に迷う・家を出てしまう——徘徊への備え
- 「食べていない」と言われる——食事をめぐる困りごと
- お風呂を嫌がる——入浴拒否への対応
- 何を言っても聞き流される——家族が疲れないための心得
- 介護に疲れたと感じたとき——一人で抱え込まないために
- 薬を飲んでくれないときの原因と対応
次のステップ
「なんか変かも」という感覚を、まず地域包括支援センターに電話してみてください。本人を連れて行かなくても、家族だけで相談できます。「受診させるべきかどうかも迷っている」という段階から、無料で対応してもらえます。
主な参考資料
- 厚生労働省研究班(九州大学・二宮利治教授ら)「認知症及び軽度認知障害の有病率調査並びに将来推計に関する研究」(2024年5月公表)
- 「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」(2023年成立・2024年1月施行)/厚生労働省「認知症施策推進基本計画」(2024年12月)
- 東京都健康長寿医療センター研究所「自分でできる認知症の気づきチェックリスト」
- Iranzo A, et al. “Neurodegenerative Disorder Risk in Idiopathic REM Sleep Behavior Disorder.” PLOS ONE, 2014(レム睡眠行動障害と神経変性疾患に関する研究)
- 厚生労働省「最適使用推進ガイドライン レカネマブ(レケンビ)」(2023年)
※統計・制度の情報は各公表時点のものです。診断は必ず医療機関でお受けください。
執筆者プロフィール
宮田浩行 / 看護師・介護福祉士
看護師・介護福祉士として医療・介護の現場に15年携わる。現在は医療ライター・AI講師として活動。現場で出会った患者・利用者・家族の声をもとに、一般の方に届く医療福祉情報の発信を続けている。
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