「また同じ話だ……」と思いながらもうなずき続ける毎日。「さっき言ったでしょ」と言いたい衝動を抑え、でも疲れ果てて怒鳴ってしまった夜に「最低な自分だ」と落ち込む——そんな経験がある方へ。あなたは悪くありません。繰り返しは、病気がそうさせています。看護師・介護福祉士として15年現場に携わった筆者が、なぜ繰り返すのかを脳の仕組みからわかりやすく解説し、今日から使える対応のコツを具体的にお伝えします。
認知症の親が同じ話を何度も繰り返すのは「わざと」じゃない
繰り返しの原因は「海馬の萎縮」にある
認知症のなかで最も多いのはアルツハイマー型認知症で、認知症全体の約68%を占めます(厚生労働省「認知症施策の総合的な推進について」令和元年6月)。
アルツハイマー型認知症では、脳の「海馬(かいば)」という部位が早い段階から縮んでいきます。海馬は、新しい出来事を記憶として定着させる過程に深く関わる部位です。ここに障害が生じると、「さっき起きたこと」を覚えておくことがとても難しくなります。
わかりやすく言うと、こんな状態です。
「録画ボタンが押せないまま、白紙のテープに何度も録ろうとしている」
本人のなかでは「さっき話した」という記憶が残りにくく、思い出すこともできません。だから同じことを繰り返すのは、意地悪でも、わざとでもない。病気が脳の仕組みを変えてしまっているのです。
現場でご家族にこのたとえをお話しすると、「あ、そういうことか。やっと腑に落ちました」とおっしゃる方がとても多くいます。「わざとじゃない」とわかるだけで、その日の介護の気持ちが少し楽になる——そんなシーンを何度も見てきました。
「感情」は忘れない——それがポイント
ここで知っておきたいのは、「出来事の記憶」と「感情の記憶」は、脳のなかで別々の仕組みで処理されているということです。
そのため、「何を話したか」は忘れても、「怖かった」「安心した」「怒られた」という感情的な印象は残ることがあります。
「さっき強い口調で言ってしまったけど、もう忘れてくれているはず」と思いたい気持ちはよくわかります。でも現場の経験から言うと、叱った事実は忘れていても、「この人といると何だか不安になる」「この人は怖い」という感覚が少しずつ積み重なっていく可能性があります。
これは責めているのではありません。むしろ逆で、「感情は残る」とわかっていれば、やさしく接することに意味があると確信を持てる、ということです。
繰り返しは「不安のサイン」でもある
同じ話を何度もするのには、もう一つ大切な側面があります。
記憶が曖昧だからこそ、繰り返し確認することで安心しようとしているのです。「財布はどこ?」「今日は何日?」「ごはんはまだ?」——こうした繰り返しの中身は、本人が何に不安を感じているかを映し出しています。
こうした繰り返しは、不安や混乱と結びついて起こることが多く、認知症では「行動・心理症状(BPSD)」と呼ばれる症状に含めて扱われることがあります。これは記憶障害などの中核症状とは異なり、本人の状態・生活環境・周囲の関わり方によって出方が変わりやすい面があります。ただし程度によっては、医師への相談や薬による治療が必要になることもあります。
「さっき言ったでしょ」はなぜ逆効果なのか
否定すると「不安の悪循環」が生まれる
つい言ってしまいがちな「さっき言ったでしょ」「また忘れたの?」という言葉。気持ちはよくわかります。でも、これが逆効果になりやすいことを、現場では繰り返し実感しています。
流れはおおむねこうなります。
- 「また同じことを言っている」と否定・訂正される
- 本人は傷つき、混乱し、不安が増す
- 焦りや興奮、あるいは落ち込みが強まる
- さらに繰り返しや、対応に困る言動が増えやすくなる
認知症ケアの現場では、「失敗を責めない」「『また忘れたの?』のように自尊心を傷つける言葉は避ける」ことが、専門職のあいだで広く共有されています。否定や訂正は状況を改善しないどころか、かえって難しくする方向に働きやすいのです。
「また言ってしまった」自分を責めすぎないために
とはいえ、「それでも言いたくなってしまう」「実際に怒鳴ってしまった」——そうした経験を持つ方はたくさんいます。
これは当たり前のことです。何十回、何百回と同じことを聞かれれば、ベテランの介護スタッフでも思わず強い口調になることはあります。15年現場にいる私自身、そういう瞬間を見てきましたし、自分でも感じてきました。
大切なのは、言ってしまったあとにどうするかです。
気づいて「大丈夫だよ」とやさしく接し直せれば、それで十分です。完璧な対応ができる人はいません。「気づいて、立て直す」——それが現場でも大切にされていることです。
今日からできる「繰り返し」への対応のコツ
まず「受け止める」——共感と安心の言葉
繰り返しに対して最初にできることは、否定せず、まず受け止めることです。
たとえば、こんな言葉が使いやすいです。
- 「そうだったんですね」
- 「心配だったね」
- 「それは大変だったね」
- 「大丈夫だよ、ここにいるよ」
これは感情に寄り添うことで安心感を届ける、バリデーションという考え方に基づいています。アメリカの社会福祉士ナオミ・フェイルが提唱した、認知症ケアで使われる関わり方の一つで、相手の感情をそのまま受け止めることを大切にします。
「共感してあげなければ」と難しく考えなくていいです。短く、はっきり、穏やかに。それだけで大丈夫です。
話題を自然に切り替える「注意転換」
共感の言葉を一言添えたあと、話題を自然に変えるのも有効です。
たとえばこんな流れです。
「そうだったんですね(受け止める)。……そういえば、お茶にしようか(別の行動へ誘う)」
否定するのでも無視するのでもなく、流れを変えるのがポイントです。短い会話で安心感を届けたあと、次の行動に移ることで、繰り返しの連鎖が落ち着きやすくなる場合があります。
張り紙・メモ・カレンダーで「環境」を整える
繰り返し聞かれる内容が決まっている場合は、目につく場所に大きくシンプルな文字でメモを貼るのも一つの方法です。
「今日は○月○日(曜日)」「ごはんは12時です」といった情報を、目につく場所に貼っておきます。紙が代わりに答えてくれる仕組みを作ると、毎回口頭で答える必要が減り、介護者の負担も少し軽くなりやすいです。(電話番号などを貼る場合は、頻回な発信や個人情報の扱いに注意し、家族で管理方法を決めておくと安心です。)
大きめの文字、シンプルな内容、本人の目線に合った高さ、この3点を意識して貼ると使いやすくなります。
接し方の「形」を整える——ユマニチュードの視点から
フランスで生まれたユマニチュードというケアの考え方があります。「見る・話しかける・触れる・立つ」という4つの柱を大切にする関わり方です。
家族でも意識しやすいポイントを挙げると:
- 目線を同じ高さに合わせる(立ったまま話しかけない)
- やわらかいトーンで、短い言葉で話しかける
- 触れるときは急がず、手のひらでやさしく
- 命令口調ではなく「〜しようか」と誘う形で
「見られた」「声をかけられた」「触れられた」という体験が、本人の安心感につながりやすくなる場合があります。
なお、認知症の専門学会が監修した「BPSDに対応する向精神薬使用ガイドライン(第3版・2025年)」でも、薬を使う前に、まず環境や関わり方の工夫といった非薬物的な対応を優先することが示されています。接し方を見直すことは、こうしたケアの大切な一歩です。
イライラするのは「当たり前」——介護者自身を守るために
「イライラする自分」を責めないでほしい理由
繰り返しにイライラするのは、あなたの意志が弱いからではありません。
厚生労働省の調査(令和元年 国民生活基礎調査)でも、在宅で介護している方のおよそ7割が、悩みやストレスを抱えていると報告されています。つまり、介護をしている人の多くが、同じ気持ちを抱えている。あなただけが特別につらいわけでも、特別に弱いわけでもありません。
それだけ消耗する状況に置かれているから、イライラするのです。それは当然のことです。
「逃げ場」をつくることも立派な介護
一人で抱え込まないでください。
デイサービスを利用する、家族や兄弟と役割を分担する、専門家に相談する——こうした「逃げ場をつくること」は、決して逃げではなく、介護を長く続けるための知恵です。
介護者が倒れてしまったら、本人にとっても状況はより難しくなります。自分を守ることが、結果として本人を守ることにもなります。
なお、夕方になると落ち着かなくなる、帰りたがる、徘徊しようとする——こうした「夕暮れ症候群」も、介護者が特に消耗しやすいタイミングです。対応のヒントについては、こちらの記事も参考にしてください。
一人で抱え込まないために——相談できる窓口
まず頼ってほしい「地域包括支援センター」
困ったときに最初に頼ってほしいのが、地域包括支援センターです。
全国すべての市区町村に設置されており、保健師・社会福祉士・主任ケアマネジャーが無料で相談に応じてくれます。「何をどこに聞けばいいかわからない」という段階でも大丈夫です。
お近くのセンターは「(お住まいの市区町村名)地域包括支援センター」で検索するか、市区町村の窓口に問い合わせてみてください。介護保険の申請、ケアマネジャー(介護支援専門員)への橋渡し、ショートステイなど一時的に介護を代わってもらえる仕組み(レスパイト)の案内まで、まとめて相談できます。
家族が話せる場所・電話窓口
電話で話を聞いてもらいたいときは、以下の窓口が利用できます。
認知症の人と家族の会 公益社団法人 全国電話相談
- 電話番号:0120-294-456(フリーダイヤル)
- 受付時間:月曜〜金曜 10:00〜15:00
若年性認知症コールセンター
- 電話番号:0800-100-2707(フリーダイヤル)
- 受付時間:月曜〜土曜 10:00〜15:00
また、地域によっては認知症カフェが開かれています。情報収集よりも「同じ立場の人と話したい」「ただ聞いてほしい」というときに、こうした場が役立つことがあります。
※電話番号・受付時間は変更される場合があります。利用の際は各窓口の公式サイトで最新情報をご確認ください。
まとめ——繰り返しはサイン、対応は「共感」から始まる
この記事でお伝えしたことを整理します。
- 同じ話の繰り返しは、海馬の働きが弱まり「さっき話したこと」を覚えておきにくいため。わざとではない
- 出来事は忘れても感情的な印象は残ることがある。だからやさしく接することに意味がある
- 繰り返しは不安のサイン。内容から本人が何を心配しているかが見えてくる
- 「さっき言ったでしょ」は逆効果になりやすい。まず**「そうだったんですね」と受け止める**
- イライラは当然。逃げ場をつくることも介護の一部
- 一人で抱え込まず、地域包括支援センターや相談窓口を使う
2024年1月には認知症基本法が施行され、「認知症になっても自分らしく生きられる社会」へ向けた取り組みが国全体で進んでいます。2040年には認知症の方が584万人に達するとの推計もあり(内閣官房 認知症施策推進関係者会議 第2回資料9、2024年5月公表)、社会全体で支えていく時代がすでに始まっています。
あなたの介護は、決して一人で完成させなくていいのです。
まずは一つだけ試してみてください
今日の内容が少しでも参考になったら、難しいことは何もしなくて大丈夫です。
次に同じ話を聞いたとき、「そうだったんですね」と一言だけ返してみてください。
それだけで、場の空気が少し変わることがあります。うまくできなくても、また次に試せばいい。完璧な介護者は存在しません。今日もそこにいてくれているだけで、十分です。
免責事項
本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の症状や状況に対する医療的アドバイスではありません。具体的な対応については、かかりつけ医・地域包括支援センター・ケアマネジャーなどの専門職にご相談ください。
執筆者プロフィール
宮田浩行/看護師・介護福祉士・医療ライター
医療・介護現場での15年の経験をもとに、一般の方に向けた医療福祉情報を発信しています。「現場で起きていること」をわかりやすく届けることをテーマに執筆活動中。
X(旧Twitter):@miyata8hiroyuki
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