夜中の2時に「ご飯はまだ?」と声をかけられる。寝かせようとすると怒り出す。毎晩続いて何日もまともに眠れていない——「もう限界かも」と感じているあなたへ。この記事では、認知症の人が夜眠れなくなる仕組み、見落とされやすい身体的な原因、今日から試せる環境整備・日中の工夫、そして介護する側が休む方法を、看護師・介護福祉士として15年現場にいた著者が整理しました。まず伝えたいのは、「あなたのせいでも、本人のわがままでもない」ということです。
認知症の人が夜眠れなくなる仕組み——「わがまま」でも「悪化」でもない
脳の体内時計が壊れていく
人間の身体には「体内時計」が備わっていて、昼間は活動して夜は眠る、というリズムを自然に作り出しています。この体内時計は、「メラトニン」という眠気を引き起こすホルモンの分泌を調整しています。
認知症が進むと、この体内時計が少しずつ乱れ、メラトニンの分泌リズムも崩れてきます。加えて「見当識障害」といって、今が昼なのか夜なのか、今日が何日かが分からなくなることも重なります。夜中に起きて「ご飯はまだ?」と言うのは、本人の意識では「朝になった」と感じているからです。意地悪でも、嫌がらせでもありません。
認知症の方の40〜60%に睡眠障害がみられるとされています(日本大学医学雑誌 2020年報告)。65歳以上の認知症の方は2025年で約471万人、2040年には約584万人になると推計されており(厚生労働省研究班・2024年公表)、夜眠れないという悩みは、決してあなたの家庭だけのものではありません。
日中の活動が減ると悪循環になる
昼間あまり動かない、ウトウトして過ごす時間が長い——そうなると、夜になっても身体が「眠い」と感じるだけのエネルギーを使い切れず、夜間に目が覚めやすくなります。これが繰り返されると昼夜逆転が定着してしまいます。
こうした行動・心理の変化はBPSD(認知症にともなう行動・心理の変化)の一つとして知られています。なかでも、夕方になると不安や混乱が強まる「夕暮れ症候群」は、そのまま夜間の不眠へとつながりやすい状態です。詳しくは 認知症の夕暮れ症候群とは? をご覧ください。
まず「体の不調」を疑う——見落とされがちな身体的な原因
認知症の人は「痛い」と言えないことがある
夜中に何度も起き上がる、うめく、落ち着かずうろうろする——こうした行動が「認知症のせい」とひとくくりにされてしまうことがあります。でも現場の経験から言うと、体が辛いサインを行動で伝えていることが少なくありません。
夜間の不眠の背景として見落としやすい身体的な原因には、次のようなものがあります。
- 腰・膝・肩などの痛み(変形性関節症・骨折後の痛みなど)
- 夜間頻尿(1〜2時間おきにトイレに起きる)
- 便秘や腹部の不快感
- 皮膚の乾燥・かゆみ(冬場に特に多い)
- むずむず脚症候群(脚がむずがゆく、じっとしていられない)
- 睡眠時無呼吸(大きないびき・息が止まる)
- 服用中の薬の副作用
受診の際は「夜間に何時頃、どんな様子だったか」をメモして持参すると、医師に伝えやすくなります。スマートフォンのメモアプリや手帳に簡単に記録しておくだけで十分です。
現場コラム① ——「言葉じゃなく、体で教えてくれていた」
あるご家族から相談を受けたときのことです。80代の父親が、毎晩0時をすぎると布団から出て、廊下をうろうろするとのことでした。「認知症が悪くなったのでは」と心配されていましたが、よく聞いてみると、日中も同じ片側の腰に手を当てて座っていることが多いとのこと。
ケアマネを通じてかかりつけ医に相談し、整形外科への受診につなげたところ、慢性的な腰痛があることが分かりました。痛みへの対応を始めてから、夜に落ち着いて過ごせる日が増えたとご家族が感じられたそうです。
すべてのケースに当てはまるわけではありませんが、「夜中に動き回る」「落ち着かない」という行動は、言葉で痛みを伝えられない代わりに体が出しているサインであることがあります。まず「どこか痛いのかな?」と疑う視点を持っていただくことが、解決の第一歩になることがあります。(複合事例・個人特定できない形で再構成しています)
薬の影響も確認してみてください
今飲んでいる薬が、夜間不眠の一因になっていることがあります。利尿剤が夜間のトイレ回数を増やしていたり、特定の薬が眠りを浅くしたりするケースがあります。
「薬が原因かも」と思ったときは、自己判断で飲むのをやめないことが大切です。かかりつけ医や薬剤師に「夜中に何度も起きるのですが、薬の影響はありますか?」と相談してみてください。飲むタイミングを朝に変えるだけで改善することもあります。
日中の過ごし方で夜のリズムを整える——今日からできる工夫
朝の光と日中の活動がリズムを作る
体内時計を整えるうえで、朝の光を浴びることは重要だと言われています。起床後はカーテンを開け、窓際で過ごしてもらうだけでも違います。天気のいい日は短い散歩、室内での軽い体操、デイサービスで過ごす日を作るなど、日中に体を動かす機会を増やすことが夜のリズム整備に直結します。
デイサービスは「日中を楽しく過ごす場」であると同時に、夜間の睡眠リズムを整えるうえでも大きな役割を担っています。「本人が嫌がるから」とためらっているご家族も多いですが、慣れてくると楽しめるようになることも多いです。ケアマネに相談してみる価値があります。
昼寝をするなら、午後の早い時間まで・30分以内を目安にしてもらうと、夜間の睡眠への影響を抑えやすくなります。午後遅い時間の長い昼寝は、夜眠れなくなる直接の原因になりやすいので注意してください。
夕方以降の環境と就寝前ルーティン
夕方以降は、カフェインを含む飲み物(緑茶・コーヒー・コーラ)を控えることが大切です。また、テレビの強い光や大きな音は脳を覚醒させてしまうため、就寝の1〜2時間前からは穏やかな環境に整えていくと良いでしょう。
就寝前のルーティンを毎晩同じ順番で行うことも効果的です。「ぬるめのお湯で足を温める→歯磨き→布団に入る」のような流れを繰り返すことで、「これが終わると眠る時間」と身体が覚えていきます。
寝室の環境も確認してみてください。高齢の方には、室温は20〜23℃程度が目安とされます。夜間のトイレ動線に足元灯を設置しておくと、暗闇での転倒リスクを下げられます。夜間の外出や徘徊が心配な場合は 認知症の徘徊への対応 も参考にしてください。
夜中に起きてしまったとき——その場でできる対応と安全確保
怒らず、まず安心させる
「なんで起きてるの」「早く寝て」という言葉は、ほとんどの場合逆効果になります。本人は「夜中」だと認識していないことが多く、「朝だから活動している」感覚でいます。そこに「寝なさい」と言われると、意味が分からず怖くなったり、怒りが出たりします。
まずは穏やかに「大丈夫ですよ、一緒にいますから」と伝えることを優先してください。論理的に説得しようとするよりも、安心感を届けることの方がずっと効果的です。
無理に寝かせようとせず、10〜15分ほど付き合って落ち着いたら、「少し横になりましょうか」と誘ってみてください。
夜間の転倒リスクを最小限に
夜中に起き上がって動き回ることで怖いのが、転倒です。転倒・転落による死亡は年間約1万人にのぼり(令和4年 人口動態統計)、その大多数を高齢者が占めています。また、家庭内での転倒は居室や寝室など、住み慣れた室内で起きやすいことも知られています。
転倒対策として、次のことを確認してみてください。
- 寝室から廊下・トイレまでの足元灯を設置する
- ベッド周りの床に物を置かない
- 滑りにくい室内履きを用意する
- ベッドから転落しそうならセンサーマットの活用を検討する(介護保険の対象になる場合があるので、ケアマネジャーに確認してみてください)
「転ばせない完璧な環境」を目指すより、「転んでも大けがにならない環境」に発想を転換するほうが現実的です。ベッドを低くする、床にマットを敷くなど、小さな工夫の積み重ねが大切です。
睡眠薬・市販薬には要注意——薬は慎重に、医師と相談して
認知症の人への睡眠薬リスク
「もう薬を使うしかない」と思うほど追い詰められるご家族の気持ちは、現場にいた私にもよく分かります。ただ、認知症の高齢者への睡眠薬には、十分な注意が必要です。
睡眠薬の使用により、転倒・ふらつき・日中の過度な眠気・せん妄の悪化といったリスクが生じやすくなります。複数の専門学会が監修し2025年に公表された「BPSDに対応する向精神薬使用ガイドライン(第3版)」でも、こうした症状への対応はまず環境整備・日中の活動・生活リズムの調整といった非薬物的な対応を基本とし、薬を使う場合も主治医が必要性を見極めて最小量・短期間で、という考え方が示されています。
薬を使うかどうかの判断は主治医に委ねてください。「夜眠れなくて困っています」と正直に伝えることが、適切な対応への第一歩になります。
市販の睡眠補助薬は認知症の方に向かない場合があります
ドラッグストアで買える市販の睡眠補助薬(ジフェンヒドラミンという成分を含むもの)は、認知症の方には特に注意が必要です。この成分は、高齢の方や認知症の方では混乱やせん妄を引き起こすリスクがあるとされており、家族の判断で本人に飲ませるのは避けてください。
「市販薬だから安全だろう」という思い込みは、思わぬ事態につながることがあります。買う前に、薬剤師に一言相談するだけでも違います。もしすでに飲ませてしまった場合は、薬の名前・量・飲んだ時刻をメモして、早めに主治医か薬剤師に伝えてください。
介護者が休むことは正当——一人で夜通し対応しなくていい
共倒れは本人にも不幸
厚生労働省の調査(令和元年 国民生活基礎調査)によると、同居している主な介護者のうち、日常生活で悩みやストレスがある人は約7割にのぼります。また、要介護者と同居の主な介護者が65歳以上同士という「老老介護」の割合も6割を超え(令和4年 国民生活基礎調査)、介護する側自身も高齢で体力的に限界を抱えやすいのが現実です。
毎晩起こされ、睡眠不足が続いている状態で介護を続けることは、介護する側の心身を確実に傷つけます。そしてその状態が続くと、本人への対応も余裕を持ってできなくなり、結果的に本人にとっても良くない状況になります。
休むことは逃げではありません。持続可能な介護のために必要な選択です。
今すぐ使える「休む手段」
一人で夜番を続けることに限界を感じているなら、次の手段を検討してみてください。
- 家族で夜番を交代する(週に1〜2日でも変わるだけで大きく違います)
- ショートステイを利用する(施設に数日間泊まってもらい、介護者がまとめて眠る)
- デイサービスを使って、介護者が昼間に仮眠をとる
- ケアマネジャーや地域包括支援センターに「夜が辛い」と正直に伝える
ショートステイに「預けてしまって申し訳ない」と罪悪感を持つ方は多いです。でも、休んだ後の自分の状態を想像してみてください。
現場コラム② ——「ショートステイ、使って良かったと思う日が来た」
夫の介護をされていた60代の女性のことです。毎晩2〜3回起こされ、「もう眠れなくて死にそう」とこぼされました。ショートステイを勧めても、「夫に申し訳ない」「施設でひどい扱いを受けないか心配」と首を縦に振られませんでした。
ある日、体調を崩して自分が動けなくなったことをきっかけに、初めてショートステイを利用することになりました。その3日間、「あんなに深く眠れたのは何年ぶりか分からない」と話してくださいました。
そして夫が戻ってきたとき、「不思議なことに、怒鳴ってしまうことが減ったんです。余裕があると、同じことをされてもイライラしないんですね」とおっしゃっていました。休むことは、ご本人への関わりを穏やかにするためにも大切なことだと、改めて感じた経験でした。(複合事例・個人特定できない形で再構成しています)
急な興奮・幻覚・混乱が出たら「せん妄」かもしれない——受診の目安
認知症の夜間不眠とせん妄の違い
「昨日まで普通だったのに、急に別人のようになった」という場合、認知症の進行だけが原因とは限りません。「せん妄(せんもう)」と呼ばれる状態が重なっている可能性があります。せん妄は脱水や感染などが引き金となって急に起こるもので、認知症の人に重なって現れることも多く、原因を治療することで落ち着くことがあります。
以下の表で、ふだんの認知症の夜間不眠と、せん妄の違いを確認してみてください。
| 認知症の夜間不眠(慢性) | せん妄(急性) | |
|---|---|---|
| 始まり方 | 徐々に・ゆっくりと | 急に(数時間〜1日で) |
| 日中の状態 | 比較的落ち着いている | 日中も混乱・意識がぼんやりする |
| 主な原因 | 脳の変化・環境・習慣・体の不調など | 脱水・感染・薬剤など |
| 経過 | ゆるやかに進む(原因により和らぐこともある) | 原因を治療すると改善することがある |
こんな状態なら迷わず受診を
次のような変化が急に現れたときは、早めにかかりつけ医に連絡してください。
- 昨日までと様子がまったく違う興奮や混乱が突然始まった
- いないはずの人や虫が見える(幻視)と言う
- ぼーっとして反応が薄い、呼びかけに応じない時間がある
- 発熱がある、水分をあまり飲んでいない
せん妄は脱水・発熱・尿路感染・薬の影響などが引き金になることがあります。「認知症だからしかたない」と様子を見ていると、原因の治療が遅れてしまうことがあります。急な変化は迷わず受診の判断をしてください。39℃前後の高い熱がある、呼びかけても反応がほとんどない、といった場合は、夜間でも救急への相談を検討してください。
一人で抱えないための相談先
まず連絡できる窓口
- 地域包括支援センター
お住まいの市区町村に設置されています。介護のことを無料で相談できる窓口です。「夜が辛くて限界です」と正直に話してください。 - かかりつけ医・神経内科・精神科
睡眠の状態や薬について相談できます。記録したメモを持参するとスムーズです。 - 認知症の人と家族の会
電話番号:0120-294-456(フリーダイヤル)
受付時間:平日10時〜15時
当事者家族同士が支え合う全国組織です。「同じ経験をしている人と話したい」というときにも力になってもらえます。(電話番号・受付時間は変更されることがあります。利用の際は公式サイトで最新情報をご確認ください) - 認知症初期集中支援チーム
市区町村の窓口や地域包括支援センターを通じて相談できます。専門職がご自宅に訪問して支援してくれる仕組みです。
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まとめ
認知症の方が夜眠れなくなるのは、脳の体内時計の障害や、痛み・頻尿などの身体的な不調が複合的に重なっている場合がほとんどです。「わがまま」でも「介護の失敗」でもありません。日中の活動と光でリズムを整えること、夜間は安心を届けること、体の不調を疑って受診につなぐことが、まず取り組める対応です。
睡眠薬や市販薬は慎重に。認知症の方にはリスクが大きく、使う場合は必ず主治医と相談してください。そして介護者が休むことは、正当な権利であり、持続可能な介護の条件です。急な変化はせん妄のサインかもしれず、早めの受診が大切です。
今日できることを一つだけ
今夜の対応を一つだけ変えてみてください。
「地域包括支援センターに電話する」または「ケアマネジャーに『夜が辛い』と伝える」、どちらか一方でいい。完璧にやろうとしなくていいです。あなたが休める環境を作ることが、長く続く介護の支えになります。
免責事項
本記事は一般的な情報提供を目的としており、医療・介護の診断や個別の治療を推奨するものではありません。症状や対応方法については、かかりつけ医・専門医・ケアマネジャーにご相談ください。記事内の統計・ガイドラインは執筆時点(2026年6月)の情報に基づいています。
執筆者プロフィール
宮田浩行/看護師・介護福祉士・医療ライター
医療・介護の現場で15年の経験を積んだのち、医療福祉情報を一般の方に向けて発信するライターとして活動。現場で見てきた「伝わる介護情報」を届けることを信念としている。
X(旧Twitter):@miyata8hiroyuki
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