「家に帰りたい」を繰り返す認知症の親へ|看護師・介護福祉士が原因と対応法を解説
「家に帰りたい」——でも、ここが自分の家なのに。そのたびに何と返せばいいかわからず、怒ってしまったり、悲しくなったりしていませんか。
看護師・介護福祉士として15年間、認知症のかたと向き合ってきた私が、帰宅願望が起きる理由と、毎日の対応で少し楽になるヒントをお伝えします。「嘘をついて止めるのは正しいのか」「引き止めたら怒らせてしまう」——そんな葛藤ごと、一緒に考えましょう。
「家に帰りたい」は嘘でもわがままでもない
まず一番大切なことを先にお伝えします。
「家に帰りたい」という言葉は、本人にとっては本当のことです。嘘をついているわけでも、困らせようとしているわけでもありません。
本人には本当に「帰らなければならない」と感じている
認知症が進むと、脳の中の「海馬(かいば)」という部分が萎縮します。海馬は、新しい出来事を記憶として定着させる役割を持っています。
海馬の機能が低下すると、「今日の昼食」「さっきの会話」といった新しい記憶が残りにくくなります。一方で、若い頃の記憶——子育てをしていた時代、職場で働いていた頃、実家で家族と暮らしていた時代——は比較的長く保たれます。
つまり、意識が数十年前の「あの頃」に引き戻されているような状態です。本人の感覚ではその時代を生きているのに近いのですから、「帰りたい」と感じるのはむしろ自然なことなのです。
(こうした記憶や見当識の変化の現れ方は、認知症のタイプや進み方によって個人差があります。)
「家」とは今の建物でなく、安心できた時代・場所のこと
帰りたい「家」は、必ずしも物理的な建物のことではありません。
専業主婦だったかたなら、子どもが学校から帰ってくる夕方の時間に「家族のために夕飯を作らなくては」という感覚が戻ってきます。会社員だったかたなら、退勤時間の頃に「仕事が終わったから家に帰らなければ」と感じます。
「家」とは、自分が必要とされていた場所、安心して過ごせていた時代の象徴なのです。この視点を持つだけで、ご家族の受け止め方がずいぶん変わるかもしれません。
なぜ「帰りたい」と言うのか——帰宅願望の3つの背景
認知症の帰宅願望には、大きく3つの背景があります。
認知機能の変化から
先ほどお伝えした記憶の問題に加え、「今自分がどこにいるか」「今は何年か」がわからなくなる**見当識障害(けんとうしきしょうがい)**も関わっています。
今いる場所——たとえ自分の家であっても——が「知らない場所」「怖い場所」に感じられてしまうのです。知らない場所に突然置かれたら、誰でも「家に帰りたい」と思うはずです。認知症のかたはその感覚の中にいます。
心理・感情から
認知症介護研究・研修センター(DCnet)は、帰宅願望を「氷山(アイスバーグ)モデル」で説明しています。
水面に見えている「家に帰りたい」という言葉の下には、目には見えない大きな塊があります。「不安」「孤独」「居場所がわからない」「誰にも必要とされていない」——そういった満たされないニーズが水面下に沈んでいるのです。
言葉の表面だけに反応するのではなく、水面下にある気持ちに目を向けることが、対応の鍵になります。これは「パーソン・センタード・ケア」という考え方の基本でもあります。
身体・環境から
夕方になると帰宅願望が強まると感じているかたは多いと思います。これは「夕暮れ症候群」とも呼ばれ、日が暮れることへの不安、体の疲れ、光の変化による混乱などが重なって起こりやすくなります。詳しくは夕暮れ症候群の記事もご覧ください。
また、慣れない環境(入院・入所・引越しなど)、体の痛みや疲れ、水分不足なども帰宅願望を強める要因になります。
言葉にどう答えるか——否定しない対応の工夫
「家に帰りたい」と言われたとき、どう答えるか。これがご家族にとって最も悩ましいところだと思います。
まず「そうだね、帰りたいね」と気持ちを受け取る
「ここがあなたの家でしょう」と否定しても、本人の感覚は変わりません。説得しようとするほど、本人は不安になり、怒りや悲しみが増してしまいます。
専門家の間でも、認知症の行動・心理症状(BPSDと呼ばれます)への対応は、まず薬に頼るのではなく、関わり方や環境の工夫を優先することが推奨されています(「BPSDに対応する向精神薬使用ガイドライン第3版」2025年)。気持ちに寄り添う関わりは、その出発点になります。
「そうだね、帰りたいよね」「今日は少し疲れたね」と、まず気持ちをそのまま受け取る。正しいかどうかより、安心感を届けることを優先する、その一歩から始めてみてください。
「嘘をついているみたいで罪悪感がある」とおっしゃるご家族は少なくありません。ただ、否定することが本人の混乱や苦しみを増やすとわかってきたとき、「受け取る」という対応は嘘ではなく、相手の感情に寄り添う誠実な行為だと私は考えています。
なお、「もうすぐ迎えが来ますよ」のように事実と違うことを言って安心させる方法には、専門家の間でも賛否があります(あとで事実と違うと気づいたときに、かえって深く傷ついてしまうことがあるためです)。この記事では、本人を欺くのではなく、気持ちに寄り添いながら話題をそっとずらしていく関わりを中心にご紹介します。どこまでが許されるかは状況によって変わるので、迷うときはケアマネジャーや主治医に相談してみてください。
話題をそっとずらす(ディストラクション)
気持ちを受け取ったあと、話題を別のことにそっとずらしていく方法があります。「ディストラクション」と呼ばれる技法です。
現場でよく使っていたのは、「そうだね、でもちょっとお茶でも飲んでいかない?」「そういえば、昔よく作ってたお漬け物、どんなふうに作ってたの?」などの声かけです。
あるとき、夕方になるたびに「帰る」と玄関に向かうかたがいました。「そうですよね、帰りたいですよね」と応じながら、「ちょっと寒くなってきたから、このお菓子だけ食べてから行きましょうか」とお茶と好きな菓子を出す。しばらくすると、帰宅への気持ちが落ち着いてくることがよくありました。
これは「ごまかし」ではなく、不安を和らげ、今ここに安心を作る関わりです。好きな食べ物、昔の思い出話、好きな音楽、写真アルバム——本人が喜ぶものを事前にいくつか用意しておくと、対応しやすくなります。
環境を整える
「知らない場所に感じる」という感覚を和らげるには、環境づくりも助けになります。
なじみのある写真や置き物、使い慣れた食器、いつも同じ場所に座るルーティン——こうした「見慣れたもの」「繰り返しの安心感」が、ここが安全な場所だという感覚につながることがあります。「ここは私の家じゃない」という場所の誤認についても同様の考え方が参考になります。詳しくは場所の誤認「ここは私の家じゃない」の記事もあわせてどうぞ。
安全面を守る——ひとり歩きのリスクと備え
帰宅願望が強まると、外に出ようとすることがあります。ここからは、安全面のことをお伝えします。
外に出ようとしたとき何が起きるか
警察庁が2025年6月に公表した「令和6年における行方不明者届受理等の状況」によると、認知症またはその疑いを理由に届け出のあった行方不明者は、令和6年(2024年)に1万8,121人にのぼりました。
そして、亡くなった状態で見つかった491人のうち、77.8%(382人)は、行方不明になった場所から5km圏内で発見されています。発見場所は「河川・河川敷」「用水路・側溝」「山林」を合わせて54.0%でした。
これは脅かすために書いているのではありません。お伝えしたいのは、遠くまで行けないように見えても、近所のなかで命に関わる事態になりうるということです。だからこそ、早めの備えが本人を守ります。力ずくで引き止めることは本人を傷つけ、信頼関係も壊してしまうので避けてください。
詳しい対策はひとり歩きの記事にまとめていますが、ここでも基本をご紹介します。
今日からできる備え
まず取り組みやすいものから:
- 玄関センサーの設置:ドアが開いたときにアラームが鳴るタイプ。数千円から手に入ります
- 見守りGPSの活用:日本経済新聞(2025年6月)でも報じられているように、GPSの普及により発見・生存確認につながるケースが増えています
- 連絡先を衣類に縫い付ける・名前入りの帽子や靴を使う
- 近隣・地域への声かけ:「うちの親が出てきたら声をかけてほしい」と一言伝えておくだけで違います
- 自治体の見守りサービスや徘徊SOSネットワーク:地域によって無料貸出のGPSや見守りシールなどのサービスがあります。窓口は地域包括支援センターです
「閉じ込めているようで申し訳ない」という気持ちを持つご家族は多いです。センサーやGPSは「監視」ではなく「万が一のときに素早く助けるための準備」だと考えてみてください。外に出ること自体を無理に制限しようとするより、出たときに早く気づいて迎えに行ける体制を整えるほうが、本人にとっても家族にとっても安心です。
施設入所・入院後に帰宅願望が強まったときは
「施設に入ったらむしろ『帰りたい』が増えた」——こういうご相談はとても多いです。
入所直後に増えるのは自然なこと
「施設に入れれば落ち着くはず」と思っていたのに、かえって帰宅願望が強まって自分を責めてしまうかたがいます。でも、これは決して珍しいことではありません。
慣れない環境、知らない顔、自分の部屋でない空間——これらはすべて「今いる場所がわからない」という感覚を強めます。入所直後の混乱は、多くの場合、時間と関わりのなかで少しずつ落ち着いてきます。施設に入れたご自身の判断を責めないでください。
施設スタッフ・ケアマネに正直に相談する
「スタッフに迷惑をかけたくない」と思って言えずにいるご家族もいますが、情報を共有することが本人への対応の質を上げます。
- 本人の生活歴(どんな仕事をしていたか、好きなことは何か)
- 帰宅願望が強まる時間帯
- 効果があった声かけや、逆に不安を強めてしまった対応
これらをケアマネジャーや施設スタッフに伝えることで、個別に合った対応につながります。家族だからこそ知っている情報が、現場では大きな力になります。
介護する家族を守る——限界を感じたときの相談先
「どう答えるか」に一律の正解はない
「気持ちを受け取りながらディストラクションする」「(安全に付き添える状況であれば)一緒に少し歩いてから戻る」——どの対応が合うかは、本人の状態や性格、そのときの状況によって変わります。一律の正解はありません。
なお、一緒に外に出る方法は有効なこともありますが、夜間や悪天候のとき、介護者が一人のとき、本人が興奮しているときは危険を伴います。無理はせず、状況によっては早めに地域包括支援センターや警察に相談・連絡することも大切な選択肢です。
夜間の対応やひとり歩きへの心配は、在宅で介護を続けるうえで多くのご家族にとって大きな負担になっていることが、各種の調査でも示されています。介護者の精神的な負担も、決して小さくありません。
毎日対応に追われ、疲れ果てているかたが大勢いらっしゃいます。一人で悩んでいるのはあなただけではありません。
以前、ご家族から「毎晩2〜3時間『帰りたい』と繰り返されて、朝になるとぐったりしてしまう」と話してくれたかたがいました。対応の仕方を一緒に考えながら、「完璧に止めなくていいんですよ。本人が少し落ち着ける瞬間を作れたら、それで十分です」とお伝えしたことがあります。今日より少し楽になることを目指すだけで、続けられることがあります。
相談窓口
無理をしすぎる前に、頼れる場所に声をかけてみてください。
- 地域包括支援センター:市区町村に1か所以上あります。介護保険の相談、ヘルパーの手配、専門家への橋渡しまで幅広く対応しています
- 認知症疾患医療センター:診断・治療の相談や、かかりつけ医との連携を支援してくれます
- 認知症の人と家族の会:同じ立場の家族とつながれる場所です。「わかってもらえた」という安心感は、専門家の助言とは別の支えになります
介護疲れを感じているかたは、介護に疲れたときの記事も読んでみてください。疲れることは当然のことで、あなたが弱いわけではありません。
まとめ——「帰りたい」は助けを求めるサインだった
「家に帰りたい」は、脳の変化と心の不安が重なったサインです。最後に5つのポイントを整理します。
- 脳の仕組みで「本当に帰らなければ」と感じている——嘘でもわがままでもない
- 「家」とは安心できた時代・場所のこと——記憶が遡り、若い頃の感覚が戻ってくる
- 共感してから、そっと話題をずらす——否定より「受け取る」が出発点
- 安全の備えは早めに整える——センサー・GPS・地域への声かけを組み合わせる
- 一人で抱え込まない——地域包括支援センターに電話一本で相談できる
認知症は初期のサインを早めに気づくことで、対応の選択肢が広がります。「最近なんか変だな」と感じたときは、認知症の初期症状の記事も参考にしてみてください。
今日から始めるために
今日から完璧にやらなくていいです。
まず一つだけ試してみてください——「そうだね、帰りたいね」と、一度だけ受け取ってみること。それだけで、本人の不安が少し和らぐ瞬間があります。
介護のことで行き詰まりを感じたら、地域包括支援センターにまず電話一本かけてみてください。「何を相談していいかわからない」という状態でも受け付けてくれます。電話番号は、市区町村のホームページまたは「地域包括支援センター + お住まいの市区町村名」で検索するとすぐ見つかります。
また、認知症介護の現場でよく聞かれる疑問や悩みをまとめたKindle本『認知症介護で困ったら読む本』(Amazonで見る)もあわせてご活用ください。現場15年の経験をもとに書いた一冊です。
参考資料
- 警察庁「令和6年における行方不明者届受理等の状況」(2025年6月公表) https://www.npa.go.jp/publications/statistics/safetylife/R6_yukuefumeishakouhoushiryou2.pdf
- 日本認知症学会・日本老年精神医学会「BPSDに対応する向精神薬使用ガイドライン(第3版)」(2025年)
- 認知症介護研究・研修センター(DCnet)「帰宅願望場面における認知症ケアの考え方」 https://www.dcnet.gr.jp/support/research/center/detail_228_center_3.php
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものです。診断・治療や個別の対応については、必ずかかりつけ医・認知症外来・ケアマネジャー等にご相談ください。