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認知症で「ここは私の家じゃない」と言う理由と家族ができる対応

公開: 2026年6月16日

認知症で「ここは私の家じゃない」と言う理由と家族ができる対応

「何度も『家に帰る』と言うんです。でもここが義母の家なのに、どう答えればいいか分からなくて」

外来の待合室で、そうつぶやいた娘さんの顔が今でも浮かびます。責める気持ちも、投げ出す気持ちもない。ただ、どうしてあげればいいか分からなくて、毎日疲れ果てていました。

認知症の方が自宅にいながら「ここは違う」「家に帰りたい」と訴えるのは、脳の変化から起きることです。叱っても、論破しても、なかなか伝わらないのには理由があります。

この記事では、「帰りたい」という言葉の裏にある気持ち、論破も嘘もうまくいかない理由(やってはいけない対応)、そして今日から試せる関わり方を、現場経験をもとにお伝えします。なお、ここで紹介する関わり方は、すべての方に必ず効くというものではありません。その人に合うものを少しずつ探すための引き出しとして読んでいただければと思います。

「ここは私の家じゃない」はどんな症状か

場所の見当識障害とは

「見当識(けんとうしき)」とは、今がいつか・今どこにいるか・相手が誰かを把握する感覚のことです。認知症では、臨床的に一般に、まず時間の感覚(今日が何日か分からない)が崩れ、次に場所の感覚(今どこにいるか分からない)、さらに進むと人物の認識(家族が誰か分からない)へと影響が広がりやすいとされています。ただし、現れ方には個人差があります。

「ここは私の家じゃない」という訴えは、この場所の見当識が揺らいでいる状態のサインです。現実には自宅にいるのに、脳の中では「知らない場所にいる」と感じている。そう理解すると、本人の言葉が少し違って見えてくるかもしれません。

なお、場所の認識がひどく揺らぎ、さらに「この人は本当の家族じゃない」という段階まで進んだ場合は、認知症の人物誤認・カプグラ症候群として別の記事で詳しく解説しています。

帰宅願望と「ひとり歩き」「夕暮れ症候群」の違い

認知症の行動・心理症状(BPSD)のひとつに「帰宅願望」があります。施設や在宅の介護現場では、BPSDのなかでも帰宅願望は頻度が高く、介護する側の負担も大きい症状のひとつとして知られています。決して珍しいことではありません。

この記事では「場所の認識が揺らぐ」という側面に焦点を当てます。実際に外へ出ようとする行動(ひとり歩き)や、夕方に症状が強まる傾向(夕暮れ症候群)は、帰宅願望と重なることはあっても、それぞれ別の側面を持ちます。

どれも「本人が困っているサイン」という点は共通しています。

なぜ自宅を自分の家と認識できないのか

海馬と頭頂葉の変性

アルツハイマー型認知症では、記憶の司令塔である海馬が早期から変性することが知られています。海馬は新しい出来事を覚えることや、空間を把握することに関わっています。

さらに進行すると、空間の把握に関わる頭頂葉などにも変化が広がっていきます。その結果、毎日暮らしてきた自宅の間取りや家具の配置が「見知らぬ場所の手がかり」として映るようになることがあります。

だから「ここはあなたの家でしょ」と言っても、本人にはなかなか届きません。正しい情報を提示しても、その情報を受け取って「ここは安心できる我が家だ」と結びつける脳の仕組みのほうが、変化してしまっているからです。

記憶が過去で固着している

もうひとつの背景として、比較的保たれた昔の記憶が前面に出てくることがあります。

最近の出来事を覚えることが難しくなる一方で、子育て期や社会人として働いていた頃など、より古い記憶や、安心していた時期のイメージが鮮明に残ることがあります。そうなると「帰りたい家」とは、その頃に住んでいた家を指していて、今の自宅はむしろ「よそのお宅」に見えてしまう——ということが起こります(誰もが同じ時期に戻るわけではなく、現れ方は人それぞれです)。

疲労・空腹・暗さ・不安があると、症状はさらに強くなります。夕方に訴えが増えるのはそのためです。

現場メモ:レビー小体型認知症の場合
レビー小体型では視空間認知の障害が比較的早期から現れ、「朝は普通に会話できたのに夕方になると全然違う人みたいになる」という変動が特徴的です。担当していた方のご家族が「同じ日に別の人が2人いるみたい」と表現されたのが印象に残っています。このタイプの疑いがある場合は、早めに専門医への相談をおすすめします。

「帰りたい」の裏の気持ち

場所でなく、安心と役割を求めている

「帰りたい」という言葉を文字どおりに受け取ると、「家に連れて帰れないから困る」という話になります。でも、その言葉の奥にあるものは、必ずしも「あの場所に行きたい」ではないことが多いのです。

アメリカのソーシャルワーカー、ナオミ・フェイルが提唱した「バリデーション」という関わり方では、認知症の方の言葉や行動の背景にある感情を、否定や修正で返すのではなく受け止めることを大切にします(コミュニケーションの姿勢として現場で広く取り入れられていますが、効果を裏づける科学的なエビデンスはまだ十分とは言えず、研究の途上にあります)。

「帰りたい」の裏には、こんな気持ちが隠れていることがあります。

帰宅願望は、安心できる場所や、自分の居場所を求める気持ちの表れとして理解されることがあります。「帰りたい」を、安心できる場所・自分の居場所を探している声だと考えると、関わり方が変わってきます。

不安が根っこにある

「帰りたい」という訴えの底には、孤独感や見捨てられたくないという感覚が流れていることも少なくありません。

特に、家族が席を外した後や、デイサービスから戻った直後など、「場面が変わった瞬間」に強くなることがあります。この不安の側面については、見捨てられ不安の記事も合わせてご覧ください。

やってはいけない対応──善意が逆効果になるとき

正直に書きます。ここで挙げるのは、悪意から出た対応ではありません。むしろ「正直に伝えてあげたい」「嘘はつきたくない」という善意から出た対応が、結果として逆効果になってしまうケースです。

「ここがあなたの家でしょ」と論破する

事実を伝えることは、一見正しいように思えます。でも場所の認識が崩れている状態では、正しい情報を提示されても「知らない場所に閉じ込められている」という恐怖になってしまうことがあります。

無理に引き止める、体を押さえる、叱る、詰め寄るといった対応は、本人の恐怖を倍増させ、さらなる混乱や拒絶を招きやすくなります。介護している側も、毎回こうしたやり取りを繰り返すと消耗します。

「そうですね、帰りましょう」と嘘をつき続ける

「帰りましょう」と言って別の場所に連れて行くことで一時的に落ち着くことはあります。ただ、短期記憶が保たれていない方でも、「騙された」という感覚は蓄積されることがあると言われています。信頼関係へのダメージは、長期的に見ると関わりをより難しくすることがあります。

嘘をつかなくても対応できる方法があります。次のセクションで具体的にお伝えします。

今日から試せる関わり方

まず感情を受け止める

ここで紹介するのは、いずれも「嘘をつかずに済む」関わり方でもあります。

最初のステップは、「帰りたい」という気持ちを否定も肯定もせずに受け止めることです。

「帰りたいんですね」と繰り返すだけで構いません。

その後、少し間を置いてから「どこに帰りたいですか?」「帰ったら何をしたいですか?」と優しく問いかけてみてください。「ご飯を作りたい」「子どもが待ってる」という返答が出てくることがあります。その言葉の中に、本当のニーズ(空腹・疲労・孤独・トイレ)が隠れていることがあります。

セリフ例:

言葉の内容ではなく、気持ちに返すのがポイントです。

注意を自然に転換する(ディバージョン)

感情を受け止めた後は、自然な流れで別のことへ意識を向ける工夫が有効です。

現場で印象的だったのは、「お母さん、お味噌汁の味見してもらえますか」の一言で落ち着いた方が何人もいたことです。「役割を渡す」のは、理屈ではなく本能に働きかける関わり方です。

現場メモ
写真アルバムは最初のページから開かなくていいです。本人が「あ、これ」と反応するページを探すような感じで、一緒にめくるプロセスそのものが安心につながることがあります。

環境で安心を伝える

帰宅願望は、「今いる場所が安心できない」という感覚とつながっています。環境を整えることで、その感覚を和らげる工夫をする価値はあります。確実に効くとは言い切れませんが、試してみる価値は十分にある工夫です。

夕方以降に症状が強まる場合は、夕暮れ症候群の記事で紹介している環境調整も参考にしてみてください。

一緒に少し外を歩いて戻る

「外に出させてはいけない」という気持ちはよく分かります。でも実際には、外に出ることを完全に止めるより、一緒に出て戻ってくるほうが穏やかに落ち着くことがあります。

「少し散歩しましょうか」と寄り添い、15〜20分ほど歩いて帰宅する。体を動かすことで気持ちが落ち着き、帰宅を受け入れやすくなることがあります。

ただし夜間のひとり外出は転倒・迷子のリスクが高まります。GPS機器の活用や、近隣の方への事前の声かけなど、万が一の備えも合わせて考えておきましょう。詳しくは認知症のひとり歩き(徘徊)の記事をご覧ください。

こんなときは受診を

急に始まった・急に悪化したときはせん妄を疑う

これまでなかったのに突然「家に帰る」と繰り返すようになった、あるいは急激に症状が悪化したときは、**せん妄(急性の意識障害)**の可能性を考える必要があります。

せん妄の引き金になりやすいもの:

せん妄は日内変動があり(特に夜間に強い)、数日〜数週間で改善することが多いです。認知症の帰宅願望と症状が重なるため混乱しやすいのですが、「急に始まった」「今日は昨日と全然違う」という変化が鑑別のポイントになります。思い当たる節があれば、早急にかかりつけ医に相談してください。

どこに相談すればいいか

相談先に迷ったときは、以下を目安にしてください。

薬による対応(向精神薬など)については、「かかりつけ医・認知症サポート医のためのBPSDに対応する向精神薬使用ガイドライン(第3版)」(日本認知症学会ほか6学会、2025年6月)でも、まず身体や環境の要因を確認し、薬を使わない対応を先に検討することが基本とされています。薬物療法は、医師がリスクを評価したうえで判断するものです。

レビー小体型認知症が疑われる場合は特に注意

「ここは私の家じゃない」という訴えに、ありありとした幻視(実際にはいない人や動物が見える)や、調子の良い時間帯と悪い時間帯の差が大きい様子が重なる場合は、レビー小体型認知症の可能性があります。

レビー小体型では、一部の抗精神病薬に対して強い副作用が出やすいことが知られています。家族の自己判断で市販薬やサプリメントを使わず、気になるサインがあるときは必ず専門医に相談してください。

介護している自分を責めないで

感情的になっても介護力の問題ではない

「帰る帰る」と何十回も言われ続けて、「もういい加減にして!」と怒鳴ってしまった。そういう話を、家族会や相談の場で何度も聞いてきました。泣きながら話してくれる方も多かった。

でも、怒鳴ってしまったのは消耗のサインであって、介護力の問題ではありません。

帰宅願望は繰り返します。毎回、穏やかに受け止め続けることは、人間の限界をはるかに超えた負荷です。感情が爆発するのは、それだけ必死に向き合ってきた証拠でもあります。

ある家族会で、「怒鳴ってしまった」と泣いていた娘さんに、私はこう伝えました。「毎日そこにいるだけで、十分すごいことですよ」と。これは慰めではなく、本心です。

一人で抱えず、制度と相談先を使う

デイサービスやショートステイ、訪問介護を使うことを「逃げ」だと思う方がいます。でも現場から見ると、これらを上手に使っている家族ほど、長く・穏やかに介護を続けられています。

制度や支援は、介護から逃げるためでなく、介護を長く続けるための手段です。

困ったときの相談先:

介護に疲れを感じているときは、認知症介護に疲れたときの記事も読んでみてください。一人で抱え込まないことが、本人にとっても家族にとっても大切です。

まとめ

「ここは私の家じゃない」「家に帰りたい」という訴えは、脳の変化から起きることです。場所の見当識が崩れると、自宅が見知らぬ場所に感じられます。そして「帰りたい」という言葉の奥には、安心できた頃・必要とされていた頃への希求が隠れています。

論破しても、嘘をつき続けても、なかなかうまくいかないのはそのためです。まず感情を受け止め、自然な流れで気持ちを転換し、環境を整える。この積み重ねが、本人と家族の両方の穏やかさにつながります。

急に始まった・急激に悪化したときはせん妄を疑い、早めに受診してください。そして介護している自分自身を責めないでほしいのです。毎日その場にいることが、すでにとても大切なことです。

次のステップ

「あ、そういうことだったのか」と少しでも感じていただけたなら、まずかかりつけ医か地域包括支援センターに声をかけてみてください。一人で抱えないことが、介護を長く続けられる一番の秘訣です。


参考資料

※本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、診断・治療に関する判断は必ず医師にご相談ください。紹介した関わり方の効果には個人差があり、すべての方に当てはまるものではありません。


執筆:宮田浩行(看護師・介護福祉士・医療ライター)/著書『認知症介護で困ったら読む本』(Kindle版)

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