体調がすぐれない日、猛暑でお風呂の準備がつらい日——在宅介護をしていると、「今日は入浴が難しい」という日が必ずあります。そんなときに役立つのが、体を拭いて清潔を保つ「清拭(せいしき)」です。
私は看護師として8年、介護福祉士として7年現場に立ち、訪問看護では清拭をほぼ毎日行ってきました。この記事では、初めてのご家族でも安全にできる清拭の準備・手順・部分浴(手浴・足浴)のやり方と、事故を防ぐための注意点をまとめます。
入浴できない日の「清拭」という選択肢
高齢の方は皮膚が乾燥しやすく、汗や皮脂の汚れが残るとかゆみやあせも、においといった肌トラブルにつながることがあります。特に夏は汗をかく量が増える一方で、入浴そのものが体力を消耗させるため、脱水や熱中症との兼ね合いで入浴を見送りたい日も出てきます。
そこで覚えておきたいのが、「入浴できない日は清拭に切り替える」という発想です。毎日全身を拭く必要はありません。顔と手だけ、汗をかいた背中だけ——部分的な清拭でも、快適さは大きく変わります。
清拭の準備|物品・室温・タイミング
用意するもの
- フェイスタオル3〜4枚(濡らして拭く用・乾拭き用)
- 陰部・おしり用の別タオル(または使い捨ての清拭シート)
- バスタオル2枚(体を覆う用)
- 洗面器とお湯
- 湯温計(あると格段に安心です)
- 使い捨て手袋
- 着替え・保湿剤・使い終わったタオルを入れる袋
室温とお湯の温度
部屋は23〜25℃を目安に整え(夏は冷房の風が直接当たらないように)、拭いていない部分はバスタオルで覆って露出を最小限にします。
お湯は52〜60℃程度の熱めで用意すると、タオルを絞って広げるうちに、肌に当てるのにちょうどよい40〜42℃前後まで下がります(看護技術の標準的な目安です)。ここで家庭ならではの注意が2つあります。
- 熱い湯を素手で絞らないでください。 ゴム手袋を使うか、タオルを厚めに折って端を持って絞ります
- 熱い湯の洗面器はベッドの上に置かないでください。 こぼれても本人にかからない足元側の台に置き、本人の手が届かない位置を保ちます
タオルを絞ったら2〜3回広げて振り、必ず自分の前腕の内側に当てて「熱すぎない」ことを確かめてから肌に当ててください。高齢の方は皮膚が薄く温度の感覚も鈍くなっているため、熱くても本人が気づけないことがあるからです。
避けたいタイミングと「今日はやらない」判断
- 食事の前後1時間は避ける
- 排泄・おむつ交換は先に済ませる
- 始める前に顔色・呼吸・熱の有無を確認する
発熱している、呼吸が荒い、ぐったりしている、強い痛みを訴える——そんな日は清拭も休んでください。 体調が最優先です。急な発熱や水分が摂れない状態があるときは、かかりつけ医や訪問看護師への相談を先にしましょう。
清拭のやり方|順番とコツ
拭く順番の基本
- 顔・耳・首(顔は石けんを使わずお湯だけで。目元は目頭から目尻へ)
- 腕・手
- 胸・お腹
- 背中・腰
- 足
- 最後に陰部・おしり(必ず別のタオルで)
「きれいな場所から拭き始めて、汚れやすい場所を最後に」が感染予防の基本です。訪問看護でも私はこの順番で行っていました。途中で疲れたら区切りやすい流れでもあります。タオルは同じ面を使い続けず、面を替えながら拭いてください。お湯が汚れたり、ぬるくなったりしたら途中で交換します。
力加減——「こする」ではなく「押さえて滑らせる」
タオルは面で当てて、押さえるようにやさしく滑らせます。ゴシゴシこすったり引っぱったりはしないでください。高齢の方の皮膚は摩擦だけで裂けてしまうことがあり(スキンテアと呼ばれます)、皮膚が薄い方・むくみのある方・ステロイドの薬を長く使っている方は特に注意が必要です。
なお「手足の先から心臓に向かって拭くと血行が良くなる」とよく言われますが、拭く方向そのものの効果は、研究でははっきり確認されていません。家庭では方向にこだわるより、温度・力加減・本人が気持ちよさそうかどうかを優先すれば十分です。
拭いたら、すぐ乾いたタオルで水分を取る
濡れたままにすると、水分が蒸発するときに体温を奪い、湯冷めの原因になります。看護分野の実験でも、濡らして拭いたあとに乾いたタオルで水分を取った部位のほうが、皮膚の温かさが保たれたと報告されています(看護roo!の解説による)。「濡らして拭く→すぐ乾拭き」をワンセットにしてください。
蒸しタオルは「洗面器のお湯」で作る
電子レンジでタオルを温める方法が紹介されることがありますが、加熱ムラで一部だけ非常に熱くなったり、加熱しすぎて水分が飛ぶと発火したりするおそれがあります。製品評価技術基盤機構(NITE)も電子レンジの過加熱による事故に注意を呼びかけています。家庭では、洗面器のお湯にタオルを浸して絞る方法が確実で安全です。
麻痺のある方を拭くとき
脳卒中の後遺症などで麻痺がある方の場合は、次の3つを覚えておいてください。
- 服を脱ぐときは動くほうの側から、着るときは麻痺側から(「脱健着患(だっけんちゃっかん)」といいます)
- 麻痺側は熱さや痛みを感じにくいため、温度の確認をいつも以上に慎重に
- 手足を動かすときは関節を無理に伸ばさず、手のひらで下から支えるように
背中を拭くとき(横向きにするとき)
お一人で横向きにするときは、ベッド柵のある側へ体を向け、先に体を手前に引き寄せてからゆっくり倒します。ベッドの端からの転落は在宅で多い事故です。可能であれば二人で行ってください。
部分浴のやり方|手浴・足浴・陰部
足浴
38〜40℃のお湯に足首まで、5〜10分浸します。座ったままできて全身清拭より負担が軽く、気持ちよくて眠りやすくなる方も多いケアです。
終わったら指の間まで水分をよく拭き取り、保湿剤を塗ります。立ち上がるときは立ちくらみに注意し、床が濡れていたらすぐ拭いてください。糖尿病などで足の感覚が鈍い方は必ず湯温計で温度を確認し、足に傷やひどいむくみがある場合は、実施してよいか訪問看護師などに相談してからにしましょう。
手浴
足浴と同じ要領で、洗面器に手首まで浸します。食事の前の清潔ケアとしてもおすすめです。
陰部の清潔
いちばんデリケートで、いちばん迷う部分です。原則はこの4つです。
- 使い捨て手袋をつけ、体を拭いたものとは別のタオルか使い捨てシートで
- 女性は前から後ろへ一方向に拭く(尿路感染の予防のため、往復しない)
- 石けんを使うときはよく泡立てて、成分が残らないようお湯拭きで仕上げる
- バスタオルで覆いながら手早く。ご本人の羞恥心への配慮を最優先に
尿道カテーテルが入っている方は、ご家族だけで判断せず、拭き方を訪問看護師に確認してからにしてください。
ご本人が体を拭かれること自体を嫌がる場合の関わり方は、認知症の方が入浴を嫌がるときの対応で詳しく解説しています。
やってはいけないこと
- 熱いタオルをそのまま当てる/湯温を手のひらだけで確かめる — 手のひらは熱さに鈍感です。湯温計で測り、さらに前腕の内側で確かめる二重チェックを
- あおむけのまま顔まわりを濡らしすぎる — むせやすい方は頭を少し起こし、水分が口元に流れないように。食後すぐも避けてください
- 全身を一度に完璧に拭こうとする — 体調や気力に合わせて「今日は上半身だけ」で十分です
医療処置がある方(尿道カテーテル・傷や床ずれ・胃ろう・点滴など)の清拭は、自己判断で行わず、必ず訪問看護師に確認してください。 触ってよい範囲・避けるべき範囲を具体的に教えてもらえます。
拭きながら見ておきたい皮膚のサイン
清拭は、体を清潔にする時間であると同時に、全身の肌をじっくり観察できる貴重な時間でもあります。訪問看護師も、清拭をしながら皮膚の異変に気づくことがよくあります。
- 赤み——特に押しても白くならない赤みは、床ずれ(褥瘡)の初期サインの可能性
- 水ぶくれ・ただれ・その部分だけの熱っぽさ・じゅくじゅくした滲み
- 仙骨(おしりの中央の骨)・かかと・くるぶしなど、骨の出っぱった部分は重点的に
気になるサインを見つけたら、スマホで写真を撮っておくと、訪問看護師やケアマネジャーに正確に伝えられます。床ずれの予防と観察のポイントは家族ができる褥瘡(床ずれ)予防で詳しくまとめています。
「毎日は無理」でも大丈夫|頼れるサービス
訪問入浴介護
スタッフが浴槽ごと自宅に来て、入浴を丸ごと手伝ってくれる介護保険サービスです。自己負担のめやすは、1割負担・1単位10円で単純計算した場合、全身入浴1回あたり約1,266円(要支援の方は約856円)、清拭・部分浴なら約1,139円(同約770円)です(2024年4月改定時点)。地域や加算によって金額は変わるため、正確な自己負担はケアマネジャーに確認してください。
デイサービスの入浴・訪問看護/訪問介護の清潔ケア
デイサービスで入浴を済ませる、訪問看護や訪問介護のときに清拭をお願いする、という組み合わせも一般的です。「家では部分清拭だけ、しっかりした入浴は週2回デイサービスで」という分担で回っているご家庭はたくさんあります。
介護するあなた自身も大切に
在宅の要介護の方の主な介護者は「同居の家族等」が45.9%。要介護の方から見た主な介護者の続柄は、配偶者が22.9%、子が16.2%です(厚生労働省「2022年 国民生活基礎調査」)。多くの家庭で、1人か2人がケアを担っているのが実情です。
毎日完璧な清拭は、プロでも大変です。できない日があって当然ですし、「今日は手と顔だけ」でも立派なケアです。疲れがたまってきたと感じたら、介護に疲れたときに読む記事も参考にしてください。
まとめ
- 入浴できない日は、清拭・部分浴に切り替えてOK。全身ではなく部分だけでも十分
- 温度のめやすは、全身清拭は「肌に当てるとき40〜42℃」、足浴・手浴は「38〜40℃」。湯温計+前腕の内側の二重チェックを習慣に
- 順番は「きれいな場所から。陰部・おしりは最後に、別のタオルで」
- 麻痺のある方・医療処置のある方・足の感覚が鈍い方は、自己判断せず訪問看護師に相談
- 拭きながら皮膚を観察。押しても白くならない赤みは早めに報告
毎日の清潔ケアがしんどいと感じたら、一人で抱え込まず、ケアマネジャーや訪問看護師に相談してみてください。まだ介護サービスを利用していない方は、お住まいの地域包括支援センターやかかりつけ医が最初の窓口になります。
参考資料
- 看護roo!「清拭(せいしき)のポイント|根拠から学ぶ看護技術」ほか清拭・足浴解説シリーズ(https://www.kango-roo.com/learning/3607/ など)
- 福岡県立大学看護学部紀要「清拭時の湯を適温に維持・管理するための方法の検証」(https://www.fukuoka-pu.ac.jp/academics/nurse/bulletin2/10_1pdf/10_1_04.pdf)
- 製品評価技術基盤機構(NITE)「電子レンジ 食品の過加熱による発火」注意喚起(https://www.nite.go.jp/jiko/chuikanki/poster/kaden/01240101.html)
- 厚生労働省「令和6年度介護報酬改定について」(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_38790.html)
- 厚生労働省「2022(令和4)年 国民生活基礎調査の概況」(https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa22/index.html)