「最近、親が家の中でよろけることが増えた」「先日転んだけれど、病院に行くべきか迷っている」——そんな不安はありませんか。高齢者の転倒事故は、実は住み慣れた自宅の中、それも居室や寝室で最も多く起きています。看護師・介護福祉士として在宅の現場を見てきた経験をもとに、転びやすくなる理由、家の中で気をつけたい場所、今日からできる対策、そして転んだ後に受診・救急が必要となる目安を整理します。
お急ぎの方へ:すでに転んでしまって判断に迷っている場合は、もし転んでしまったら|救急・受診・経過観察の目安からお読みください。
高齢者の転倒事故は「家の中」で最も多く起きている
搬送された転倒事故の約6割が住宅内、なかでも居室・寝室が最多
「転ぶのは外を歩いている時」というイメージを持つ方は少なくありません。ですが救急搬送のデータは、少し違う姿を示しています。
東京消防庁の集計によると、令和6年(2024年)中に日常生活の中での事故(交通事故を除く)で救急搬送された高齢者は98,056人。そのうち73,500人が「ころぶ」事故によるものでした。さらに、この「ころぶ」事故の発生場所を見ると、住宅等の居住場所が42,180人と最も多く、そのうち9割以上にあたる39,053人が屋内での発生です。屋内の内訳では居室・寝室等が29,783人と突出して多く、玄関・勝手口等が3,900人、廊下・縁側・通路が2,653人と続きます(東京消防庁「救急搬送データからみる高齢者の事故」令和6年集計)。
令和2〜6年(2020〜2024年)の5年間で見ても、42万人以上の高齢者が日常生活中の事故で救急搬送されており、その動作分類では「ころぶ」が大きな割合を占め続けています。
なお、ここでの数字はあくまで「救急搬送された事故が、どこで起きたか」の内訳です。家の中で過ごす時間のほうが長いことを考えれば、件数が多くなるのは自然な面もあります。ただ少なくとも、転倒への備えを考えるとき、家の中を後回しにする理由はないということは言えそうです。
自宅は安全だと思われがちですが、体の状態が変わっても家の作りは昔のまま、というズレが生まれやすい場所でもあります。気づきにくいのは自然なことで、注意力の問題ではありません。
転倒は「その後」まで含めて考える
転倒がやっかいなのは、打ちどころによっては頭の中の出血など、それ自体が命に関わるけがにつながることがある点です。そしてもうひとつ見落とされがちなのが、けがが治ったあとの経過です。
入院や安静の期間が続くと筋力がさらに落ち、歩行や日常生活の動作が難しくなっていく——こうした流れで要介護状態に近づいてしまうケースを、在宅の現場でも度々目にしてきました。
厚生労働省の2022(令和4)年国民生活基礎調査では、介護が必要になった主な原因のうち、要介護者では「骨折・転倒」が13.0%で3位、要支援者では16.1%でこちらも3位に入っています。「たった一度の転倒」が、その後の生活を大きく変えてしまう可能性がある、という視点を持っておきたいところです。
なぜ転びやすくなるのか|転倒の背景にある主な理由
高齢になると転びやすくなるのには、いくつもの要因が重なっています。順に見ていきましょう。
加齢による筋力低下とバランス機能の衰え
年齢を重ねると、下肢の筋力やバランスを保つ力は少しずつ低下していきます。歩幅が小さくなる、つまずきやすくなる、とっさに体勢を立て直せなくなる——こうした変化は誰にでも起こり得るものです。
「最近、親が弱くなった気がする」と感じている方は、フレイル(加齢に伴う心身の虚弱)についても知っておくと、今後の見通しを立てやすくなります。詳しくは「最近、おばあちゃんが弱くなった気が…」それ、フレイルかもしれませんで解説しています。
薬の影響|降圧薬・睡眠薬・向精神薬などとふらつき
服用している薬が、ふらつきや転倒に関わっていることもあります。厚生労働省「高齢者の医薬品適正使用の指針」(2018年)では、降圧薬(特にα遮断薬)、睡眠薬、向精神薬などが、ふらつきや起立性低血圧(急に立ち上がった時に血圧が下がりめまいが起こる状態)を招きうる薬剤として整理されています。また日本老年医学会「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2025」でも、複数の薬を併用する「ポリファーマシー」が転倒などの有害事象につながりうることが指摘されています。
ここで大切なのは、自己判断で薬をやめたり減らしたりしないことです。薬を急に中断すると別の不調を招く恐れがあります。問題になるのは薬の数だけではなく、薬の種類や組み合わせ、体の状態との相性です。これらを評価できるのは医師・薬剤師なので、「最近ふらつきが増えた」と感じたら、お薬手帳を持ってかかりつけ医や薬剤師に相談してみてください。薬と脱水・熱中症の関係については利尿薬・降圧薬は夏に注意|高齢者の薬と脱水・熱中症対策でも取り上げています。
脱水によるふらつき・立ちくらみ
高齢になると喉の渇きを感じにくくなり、気づかないうちに水分が不足していることがあります。脱水は血圧の低下やふらつき、立ちくらみにつながり、転倒のきっかけになり得ます。特に夏場は注意が必要です。脱水やかくれ熱中症のサインについては高齢者の脱水・かくれ熱中症の見分け方をご覧ください。
視力の低下
加齢に伴う視力の低下や、白内障などの目の病気により、段差や物の位置が見えづらくなることも転倒の一因です。「見えているつもり」でも実際にはよく見えていない、ということは珍しくありません。
住まいの環境
そして、これらの体の変化に、家の中の段差・照明・動線といった環境が重なることで、転倒は起こりやすくなります。次の章では、具体的にどこを見ればよいかを整理します。
家の中で気をつけたい場所チェックリスト
まずは、次の項目をご自宅(または実家)で確認してみてください。
- ベッドから廊下・トイレまでの動線に、物が置かれていないか
- 電気コードが足元を横切っていないか
- カーペットやマットの端がめくれていないか
- 夜、ベッドからトイレまでの足元が見える明るさがあるか
- 階段・廊下・トイレ・浴室に手すりがあるか
- 室内でスリッパや滑りやすい靴下を履いていないか
- 浴室の床や浴槽の出入り口が滑りやすくないか
- よく使うものが、背伸びや踏み台なしで届く高さにあるか
居室・寝室|最も事故が多い場所
先に見たとおり、屋内の転倒で最も多いのは居室・寝室です。訪問の現場でよく見かけるのが、長年その配置のまま使われている電気コードや、端がめくれたカーペットです。何十年もその暮らし方をしてきた方にとっては「いつもの場所」ですが、足腰の状態が変わった今には合っていない、ということがよくあります。
玄関・廊下の落とし穴
東京消防庁の令和6年集計でも、居室・寝室に次いで玄関・勝手口等、廊下・縁側・通路での発生が続いています。玄関は段差に加えて、靴を履く・脱ぐという不安定な動作が重なる場所です。廊下は夜間に暗くなりやすく、足元が見えにくくなります。
浴室・トイレへの動線|夜間の移動に注意
浴室やトイレそのものよりも、見落とされやすいのがそこへ向かうまでの移動経路、特に夜間です。暗い廊下を歩いてトイレに向かう途中でつまずく、という話は現場でもよく耳にします。
夜間に何度もトイレに起きる背景には、加齢に伴う排尿の変化のほか、持病や服用中の薬など、さまざまな要因があります。注意したいのは、「トイレの回数を減らそう」と自己判断で水分を控えることです。脱水を招き、かえってふらつきや体調不良につながることがあります。一方で、心臓や腎臓の病気などで水分量の指示が出ている場合もあるため、水分の摂り方はかかりつけ医に確認するのが確実です。夜間頻尿と水分の関係については高齢者が水を飲まない本当の理由|夜間頻尿と脱水の悪循環で詳しく解説しています。
今日からできる転倒予防対策
今すぐ・無料でできること|履物と足元の片付け
まず今日からできるのが、室内の履物を見直すことです。スリッパは脱げやすく、靴下だけで歩くとフローリングで滑ることがあります。かかとまで覆えて滑り止めのついた室内履きに替えるだけでも、足元は安定しやすくなります。
あわせて、先ほどのチェックリストにある足元の片付け(コード類、マットのめくれ、動線上の荷物)も、費用をかけずに今日から取りかかれる対策です。
住環境の整え方|手すり・段差解消・照明
廊下やトイレ、浴室に手すりを設置する、敷居の段差をなくす、滑りにくい床材に変える——こうした工夫も転倒の予防につながると考えられています。
介護保険には住宅改修費を支給する制度があり、①手すりの取付け ②段差の解消 ③床材の変更 ④引き戸等への扉の取替え ⑤洋式便器等への便器の取替え ⑥これらに付帯して必要な工事、の6種類が対象です。支給限度基準額は20万円で、自己負担は所得に応じて1〜3割。この20万円は一度に使い切る必要はなく、限度額の範囲内であれば複数回に分けて利用できます。また、要介護状態区分が3段階以上上がったときや転居したときは、あらためて20万円まで利用できる仕組みもあります。
ひとつ注意点があります。この制度は工事の前に申請し、改修計画の確認を受けることが必要で、着工後に申請しても対象になりません。先に工事をしてしまうと支給を受けられないため、検討を始めた段階で担当のケアマネジャーや地域包括支援センターに相談してください。
なお、工事をしなくても、置き型の手すりや歩行器、つえなどは介護保険の福祉用具貸与(レンタル)で利用できる場合があります。こちらも合わせて相談してみてください。
夜間のトイレ対策
夜間の移動を安全にするには、足元を照らすセンサーライトの設置、ベッドからトイレまでの動線に物を置かない、といった工夫があります。状況によってはポータブルトイレの利用が選択肢になることもあります。どの方法が合うかは体の状態や住まいによって異なるため、ケアマネジャーや看護師など専門職に相談しながら決めていくとよいでしょう。
筋力・バランスを保つ工夫
日本整形外科学会は、運動器の機能維持を目的とした「ロコトレ」という簡単な運動を紹介しています。片脚立ちやスクワットなど自宅でできる内容ですが、大切なのは無理なく続けられることです。効果には個人差があり、持病がある方は始める前に医師に相談することをおすすめします。「毎日きっちりやらなければ」と気負いすぎず、できる範囲で続けることを目指してみてください。
「転ばない」だけでなく「折れにくくする」
同じように転んでも、骨がもろくなっていると骨折につながりやすくなります。骨粗鬆症(こつそしょうしょう)は自覚症状がないまま進むことがあり、気づくきっかけが「転んで骨折したとき」になってしまうことも少なくありません。
骨密度検査は整形外科などで受けられ、市区町村の検診の対象になっている地域もあります。過去に背骨や手首を骨折したことがある方、身長が縮んできた方は、一度かかりつけ医に相談してみてください。
もし転んでしまったら|救急・受診・経過観察の目安
在宅の現場では、「転んだ直後は本人も元気そうで、笑って立ち上がったから大丈夫だと思っていた」というご家族の声を何度も聞いてきました。これは誰でもそう判断します。ただ、転倒によるダメージはその場では分からず、時間が経ってから表れることもあります。
まず、あわてて起こさないこと
痛みが強い、手足が変形している、頭や首を打った可能性がある場合は、無理に起こしたり動かしたりしないでください。抱き起こそうとして、骨折した部分をずらしたり首を痛めたりする恐れがあります。その場で毛布などをかけて体が冷えないようにしながら、救急に連絡してください。
そのうえで、次の点を確認します。
- 意識がはっきりしているか、受け答えができるか
- 頭を打っていないか、出血がないか
- 痛みを訴えている部位はどこか
- 自力で立ち上がれるか、普段通りに歩けるか
判断の目安
すぐに救急車(119番)を呼ぶ
- 呼びかけへの反応が鈍い、もうろうとしている、一時的にでも意識を失った
- けいれんした、繰り返し吐く
- 頭を打った後に、手足の力が入らない・ろれつが回らない・体の片側だけ動かしにくい
- 出血が止まらない、手足が変形している
- 強い痛みで立てない、動けない
その日のうちに医療機関に連絡・受診する
- 痛みが続く、体重をかけると痛がる、歩き方がいつもと違う
- 打った部分の腫れが強い
- 頭を打った(今は症状がなくても)
- 抗凝固薬・抗血小板薬を飲んでいる
経過を見る場合も、数日は注意する
- 意識がはっきりしている/頭は打っていない/痛みが軽く普段通りに歩ける/出血・腫れ・変形がない
- この場合でも、数日は痛みと歩き方の変化に注意してください
判断に迷ったら、救急安心センター事業「#7119」(実施している地域に限ります)や、全国版救急受診アプリ「Q助」が相談の窓口になります。夜間・休日はお住まいの地域の当番医もご確認ください。最終的な判断は医師に委ねてください。
「歩けている」は骨折がない証拠にはならない
「歩けているから骨折はしていないはず」と考えてしまいがちですが、これは誤解です。足の付け根の骨(大腿骨近位部)を骨折していても、痛みをこらえながら数歩歩けてしまうケースがあります。
なかでも足の付け根の骨折は、その後の歩く力や生活の自立度に影響しやすく、できるだけ早く治療につなげることが望ましいとされています。強い痛みが続く、いつもと歩き方が違う、体重をかけると痛がるといったサインがあれば、「歩けた」という事実だけで判断せず、整形外科など医療機関の受診を検討してください。
頭を打った場合|数週間後に症状が出ることもある
頭部を打った場合は特に注意が必要です。転倒直後は症状がなく元気に見えても、慢性硬膜下血腫(頭を打ったあと、時間をかけて頭の中に少しずつ血液がたまっていく状態)は、受傷から数週間〜数ヶ月後になって、頭痛・意欲の低下・言葉の出にくさ・体の片側の手足に力が入りにくい・尿失禁・歩行障害といった形で遅れて現れることがあります。
家族が最初に気づくきっかけが、**「急にもの忘れが増えた」「認知症が進んだように見える」**という変化であることも少なくありません。打撲そのものが軽く、本人も家族も頭を打ったこと自体を覚えていない場合もあります。
一方で、この状態は早く見つかれば手術によって症状の改善が期待できることが知られています。「歳のせいかな」で片づけず、普段と様子が違うと感じたら、「数ヶ月前に転んだことがある」と伝えたうえで受診してください。
抗凝固薬・抗血小板薬を飲んでいる場合
血液をさらさらにする薬(抗凝固薬・抗血小板薬)を飲んでいる方は、頭を打ったときに頭の中で出血が起きやすく、しかもそれが時間をおいて進むことがあります。
該当する薬を飲んでいる方が頭を打った場合は、その時点で症状がなくても、当日中に医療機関に連絡してください。「様子を見る」の対象にはしない、と家族の中で決めておくと迷わずに済みます。
一人で抱え込まないために|相談先と介護者の心のケア
まずは地域包括支援センターへ
「うちの場合、何から手をつければいいか分からない」という方は、まず地域包括支援センターに相談してみてください。住宅改修や福祉用具のレンタルの使い方、ケアマネジャーの紹介など、状況に応じた案内を受けられます。
「見守れなかった」と自分を責めなくていい
「ずっと見ていられなかった」「もっと早く気づいてあげればよかった」——転倒をきっかけに、こうして自分を責めるご家族の声を、現場で何度も聞いてきました。ですがそのたびにお伝えしてきたのは、四六時中つきっきりで見守ることは、誰にとっても現実的ではないということです。
介護情報サイト「安心介護」を運営する株式会社エス・エム・エスが会員500名に行ったアンケート(2023年6月・民間調査)では、見守りサービスへの関心は48.6%と半数近くにのぼる一方、実際に利用している人は5.0%にとどまるという回答が得られています。利用を妨げる要因として挙がったのは「サービス内容が分からない」31.0%、「金銭的負担」28.2%でした。また、導入のきっかけとして最も多かったのは「自宅での転倒・急な体調不良などの事故」34.0%という結果でした。
あくまで一社の会員アンケートではありますが、関心があってもサービスや制度の分かりにくさ、費用面がハードルになりやすいこと、そして多くの家庭が何かが起きてから動き出しているという傾向はうかがえます。悩んでいるのはご家族だけではありません。一人で抱え込まず、専門職に頼ることも選択肢の一つです。
在宅介護の負担が大きくなってきたと感じる場合は、在宅介護の限界サインとは?施設入所のタイミングと罪悪感の手放し方もあわせてお読みください。
まとめ
高齢者の転倒事故は、救急搬送のデータで見ると住み慣れた自宅の中、特に居室・寝室での発生が最も多くなっています。加齢による筋力低下やバランス機能の衰え、薬の影響、脱水、視力の低下といった体の変化に、家の中の段差・照明・動線が重なることで起こりやすくなります。
今日からできる対策としては、室内の履物の見直しと足元の片付けが最も手軽です。あわせて住環境の整備や夜間の動線確保、無理のない運動、そして「折れにくい体」を保つための骨粗鬆症のチェックも検討してみてください。
そして万が一転んでしまった場合は、「歩けているから大丈夫」と自己判断せず、この記事の目安を参考に、気になる症状があれば医療機関に相談することが大切です。
相談してみませんか
「うちの場合はどうすればいいか分からない」と感じたら、まずはお住まいの地域包括支援センターに電話してみてください。住宅改修や福祉用具のこと、日々の不安まで、専門職と一緒に整理していくことができます。相談は無料です。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。判断に迷う場合は必ず医療者にご相談ください。
参考文献
- 東京消防庁「救急搬送データからみる高齢者の事故」(令和2〜6年集計)https://www.tfd.metro.tokyo.lg.jp/lfe/nichijo/kkhansoudeta.html
- 厚生労働省「2022(令和4)年国民生活基礎調査の概況」https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa22/index.html
- 厚生労働省「高齢者の医薬品適正使用の指針」(2018年)https://www.mhlw.go.jp/content/11121000/kourei-tekisei_web.pdf
- 日本老年医学会「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2025」https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/publications/other/guideline_koreisha_sdt_2025.html
- 日本整形外科学会 ロコモONLINE「ロコトレ」https://locomo-joa.jp/check/locotre
- 株式会社エス・エム・エス「安心介護」会員調査(2023年6月・民間調査)https://www.bm-sms.co.jp/news-press/prs_20230720_ansinkaigo_research/