「エアコンをつけて」と言っても、親がなかなか聞いてくれない――そんな悩みを抱えていませんか。高齢者の熱中症は、実は屋外よりも住まいの中で起きることが最も多く、しかも本人は「のどが渇いた」となかなか気づけないのが厄介なところです。この記事では、看護師・介護福祉士として現場で見てきた経験をもとに、ご家庭で気づける観察のポイントと、受診や救急要請が必要なサインをやさしく解説します。
⚠️ 先に、いちばん大事なことだけ。
呼びかけへの反応がおかしい/意識がもうろうとしている/自力で水が飲めない——このような状態なら、この先を読む前に119番してください。また、意識がはっきりしない方に水を飲ませるのは誤嚥の危険があるため、しないでください。
なぜ高齢者は脱水・熱中症に気づきにくいのか
のどの渇きを感じにくくなる体のしくみ
歳を重ねると、脳の中で「のどが渇いた」と感じる仕組み(口渇中枢)の感受性が低下していくことが知られています。喉の渇きを感じたときには、すでに体の水分がかなり失われている、ということが起こりやすくなるのです。
厚生労働省は、高齢者の1日の水分摂取の目安を約1.2リットルとしています(厚労省「高齢者のための熱中症対策」2022年)。「喉が渇いていないから大丈夫」ではなく、時間を決めてこまめに飲む習慣が大切になります。ただし、心臓や腎臓の病気などで主治医から水分量の指示を受けている方は、必ずその指示を優先してください。
「屋外」より「住居内」で発生している事実
熱中症というと炎天下のイメージが強いかもしれませんが、実際のデータは少し違います。総務省消防庁によると、2025年(令和7年)5〜9月の熱中症による救急搬送人員は100,510人で過去最多となり、このうち65歳以上の高齢者が57,433人、全体の57.1%を占めました(執筆時点・2025年公表データ)。
さらに発生場所別では、住居が38.1%と最も多く、道路19.7%、公衆(屋外)12.1%を上回っています。つまり、高齢者の熱中症は「外に出ないから安心」とは言えないのです。
東京大学と東京都監察医務院の共同分析(2025年公表)が23区内の屋内熱中症死亡例(2013〜2023年、1,447例)を調べた結果でも、44.9%がエアコンを使用していなかった、29.4%はそもそも設置していなかったという結果が報告されています。
体力の衰え(フレイル)が脱水リスクを高める
加齢とともに筋肉量や体力が落ちていく状態を「フレイル」と呼びます。フレイルが進むと体内に水分をためておく力そのものが弱くなり、同じ環境でも脱水や熱中症のリスクが上がりやすくなります。フレイルについてはこちらの記事で詳しく解説していますので、あわせてご覧ください。
家族がやってしまいがちなNG対応
「エアコンつけて」で終わらせてしまう
「エアコンをつけて」と声をかけても、なかなか動いてもらえない――これは介護をしているご家族からよく聞くお悩みです。先ほどの東京大学と東京都監察医務院の共同分析でも、屋内で亡くなった方の4割以上がエアコンを使っていなかったと報告されています。電気代への気がかりや「クーラーは体に毒」という長年の感覚から暑さを我慢してしまう方は、現場でも本当に多く見てきました。
これは決して「わがまま」や「頑固」ではありません。長年の暮らしの中で身についた節約の感覚であり、その気持ちを理解した上で、どう環境を整えるかを一緒に考えることが大切です。
意識がもうろうとしている時に水を飲ませようとする
「水分を摂らせなきゃ」という思いから、ぼんやりしている本人に無理に水を飲ませようとしてしまうことがあります。しかし、意識がはっきりしない状態での飲水は、気管に入ってしまう誤嚥のリスクがあり、大変危険です。
日本救急医学会の「熱中症診療ガイドライン2024」では、体の深部の温度が40.0℃以上で、かつ重い意識障害がある状態が、最重症の「IV度」として新たに位置づけられました。もっとも、ご家庭で正確に判定する必要はありません。「意識がおかしいと感じたら、最も重い段階かもしれない」と捉えて、すぐに救急要請へつなげることが大切です。
「昨日まで元気だったから大丈夫」と経過観察を続けてしまう
高齢者の脱水や熱中症は、数時間単位で急激に悪化することがあります。「昨日まで普通に会話していたから」という安心感が、対応の遅れにつながってしまうこともあるのです。「昨日は大丈夫だった」ではなく、「今、目の前の様子はどうか」を見ることを意識してみてください。
家庭でできる「気づきのきっかけ」チェック法
皮膚のつまみ戻り・爪押しテストのやり方と限界
手の甲の皮膚を軽くつまんで離したときにすぐに元へ戻らない場合や、爪を押して離したあと赤みが戻るまでに時間がかかる場合は、脱水のサインの一つとされています。ただし高齢の方は、加齢で皮膚の弾力が落ちているため、脱水がなくても戻りが遅く見えることがあります。高齢者ではこの方法「だけ」を頼りにしないでください。
こうしたチェック法は、「かくれ脱水」「かくれ熱中症」という言葉とともに啓発されてきました。これは医学的な診断名ではなく、2012年に発足した啓発団体「教えて!『かくれ脱水』委員会」が広めた俗称です(同委員会は2023年4月に情報発信活動を終了しています)。
大切なのはここからで、このチェック法だけで「脱水である・ない」を確定することはできません。あくまで「気づきのきっかけ」の一つとして捉え、少しでも気になる様子があれば、次に紹介する観察もあわせて行ってください。
口の乾き・尿の色と回数で見る
唇や口の中の乾き具合、尿の色が濃くなっていないか、トイレの回数がいつもより減っていないか。これらもあわせて見ることで、より気づきやすくなります。ただし、これらも単独での確定診断にはなりません。
一番大事なのは「いつもと比べてどうか」
いくつかのチェック法をお伝えしましたが、実はもっとも頼りになるのは「いつもと比べてどうか」という視点です。訪問看護の現場で感じることですが、専門的な数値よりも、日々そばにいるご家族のほうが「なんとなくいつもと違う」という違和感に敏感なことが多いのです。その感覚を、どうか軽視しないでください。
水分補給とエアコン、無理なく続けるための工夫
水分を嫌がる・認知症がある場合の工夫
認知症のある方の場合、「喉が渇いた」という感覚がうまく言葉にできなかったり、水分を勧められても拒否してしまったりすることがあります。声のかけ方や飲み物の工夫について、認知症のある方が水分を飲まないときの対応で具体的に紹介していますので、参考にしてみてください。
経口補水液は「常備しておけば安心」ではない
市販の経口補水液は、消費者庁が定める特別用途食品(病者用食品)として扱われるものが代表的です。2023年5月にはこの区分の中に許可基準型という枠組みが新設されました。
これは脱水の状態にあるときの食事療法として使うものであり、日常的な飲料として毎日飲み続けるものではありません。塩分・糖分の量が調整されているため、常用は別の負担につながる可能性もあります。気になる場合は、かかりつけの医師や薬剤師に相談してみてください。
節電を我慢する気持ちを理解しながら環境を整える
「もったいない」という気持ちを頭ごなしに否定せず、まずは受け止めることが第一歩です。そのうえで、エアコンにタイマーを設定する、室温計を置いて「見える化」する、リモコン操作を一緒に行うといった工夫を重ねていくと、少しずつ受け入れてもらえることがあります。
すぐ受診・救急要請すべきサイン
意識障害・自力で飲めない=迷わず119番
ここだけは、はっきりお伝えしておきたいことがあります。呼びかけへの反応がおかしい、意識がもうろうとしている、自分の力で水を飲めない――このような状態が見られたら、様子を見ずに迷わず119番してください。「大げさかもしれない」とためらう必要はありません。命に関わる状態かもしれないという前提で、すぐに行動することが何より大切です。
救急車を待つあいだにできることもあります。涼しい場所へ移す・衣服をゆるめる・首や脇の下、足の付け根を保冷剤やタオルで冷やす。そして繰り返しになりますが、意識がはっきりしない状態で無理に水を飲ませないでください。
救急車を呼ぶか迷ったときの判断ポイント
「これは救急車を呼ぶべきなのか」と迷う場面は、実際の介護の現場でもよくあります。判断の目安については、救急車を呼ぶか迷ったときの5つのポイントで詳しく解説しています。こちらはもともと訪問看護師向けに書いた内容ですが、ご家族の判断にも応用できます。
迷ったときの相談先(#7119)
「救急車ほどではないかもしれないけれど心配」というときは、救急安心センター事業(#7119)に電話で相談することもできます。看護師や専門相談員が状況を聞き取り、必要な対応をアドバイスしてくれます。一人で判断に迷ったときの心強い窓口として、番号を控えておくと安心です。なお、#7119は実施していない地域や時間帯もあります。つながらないとき、そして緊急だと感じるときは、ためらわず119番を優先してください。
介護する家族自身の心のケアも忘れずに
「気づけなかった」と自分を責めないでほしい理由
もし体調の変化に気づくのが遅れてしまったとしても、どうかご自身を責めないでください。高齢者の脱水や熱中症は、本人自身が自覚しにくく、そばで見ているご家族でも気づきにくい性質のものです。それは冒頭でお伝えした通り、体のしくみそのものによるところが大きいのです。
一人で抱え込まず、小さな確認を習慣にする
毎日完璧に見守ろうとする必要はありません。「今日は水分どのくらい飲んだかな」「今日はエアコンつけているかな」といった小さな確認を、日課の一つにする程度で十分です。無理のない範囲で続けることが、結果として長く見守り続けることにつながります。
現場での実感
介護福祉士として働いていた頃、エアコンを嫌がる利用者さんがいました。何度言っても聞いてもらえず困っていたのですが、あるとき「今日は暑いから、試しにつけてみましょうか」と声をかけながら、一緒にリモコンを操作してみたところ、すんなり受け入れてもらえたことがあります。「してあげる」のではなく「一緒にやってみる」という関わり方が、思った以上に効果的だと感じた出来事でした。
まとめ
高齢者の熱中症は、屋外よりも住まいの中で起きることが多く、本人が自覚しにくいという特徴があります。皮膚や尿の様子をチェックすることは気づきのきっかけになりますが、確定診断ではなく、何より「いつもと比べてどうか」という視点が大切です。そして、意識がおかしい・自力で水を飲めないというサインが見られたときは、迷わず119番してください。
この記事は、在宅介護をされているご家族に向けた在宅介護シリーズの一つです。前回は褥瘡(床ずれ)の予防について解説していますので、こちらもあわせてご覧ください。
次のステップ(CTA)
今日、親御さんの**「水分をどのくらい摂れているか」、または「皮膚のハリ・尿の色」**のどちらか1つだけ、確認してみてください。