記録の下書きにAIを入れたのに、いつの間にか開かれなくなった。そんな話を聞くことがあります。導入に失敗したと感じている方もいるかもしれません。
この記事では、私が把握している事例と現場経験から見えた要因を、3つに分けて整理します。続けるための決めごと、1か月の試し方、続ける・広げる・やめるの判断基準も書きました。訪問介護・訪問看護・施設の管理者、サービス提供責任者、現場職員の方に向けた内容です。
1か月の試し方は、私の提案です。AIの記録支援が使われなくなる割合を示す公的な統計は、確認できませんでした。公的な資料は、裏づけに使える範囲だけ引いています。
介護記録のAIが使われなくなる3つの要因
訪問後の記録づくりにAIを試した事業所が、手書きに戻った例を知っています。忙しい時間帯にはAIが開かれず、やがて元のやり方に戻りました。その事業所では、入力してよい情報の範囲と、下書きを確かめる担当が決まっていませんでした。この経過を、3つの要因に分けて見ていきます。
要因1 職員の「どこまで入れてよいか分からない」
どこまで入れてよいか分からないと、職員は迷います。迷ったときに一番確実なのは、使わないことです。そうして、AIは開かれなくなります。
この迷いは、意欲の問題ではありません。基準が示されていないことから生まれます。入力の線引きは、個人に任せず事業所で決めるものだと考えています。
個人情報保護委員会は令和5年6月2日、生成AIサービスの利用について注意喚起を出しました。個人情報取扱事業者に向けた注意点を、原文に沿って要約します。
- 個人情報を含むプロンプトを入力する場合は、特定された利用目的を達成するために必要な範囲内であることを、十分に確認する
- 本人の同意を得ずに個人データを含むプロンプトを入力し、応答結果の出力以外の目的で取り扱われる場合は、個人情報保護法の規定に違反する可能性がある
- そのため、サービスを提供する事業者が個人データを機械学習に利用しないこと等を、十分に確認する
これとは別に、氏名を伏せるだけでは足りない場合があります。住所や病名、ご家族の事情を組み合わせると、誰のことか分かるからです。線引きの決め方とひな形は、介護施設の生成AI利用ルールにまとめています。
要因2 下書きを照合する担当が決まっていない
AIの下書きは、そのまま記録にはできません。元のメモと照らして確かめる人が決まっていないと、確認は後回しになります。
この記事では、下書きを元のメモと照らして記録を確定する人を「照合担当」と呼びます。照合担当と、照合のための時間が決まっていないと、使う人ほど負担が増えます。確かめて直す時間が、業務として確保されていないからです。
誤りの見つけ方は、ハルシネーション対策で書きました。
要因3 忙しい時間帯に、開く理由がない
AIを使う時間が業務の流れに入っていないと、忙しい日は後回しにされます。記録は、訪問が続く日ほど溜まります。その日に限って、AIを開く余裕がありません。
私が知る、続いている事業所で決まっていたこと
続いている事業所の例も知っています。そこでは、確定前の照合が、照合担当の業務の中に入っていました。下書きの確認が、空いた時間にやる作業ではなかったのです。
これは私が把握している範囲の話で、すべての事業所に当てはまる条件とは限りません。時間帯や分数は、事業所の動き方によって変わります。決めておくのは、誰が、どの場面で照合するかです。
続けるために、先に確かめておきたいこと
医療情報を扱うシステムの安全管理には、厚生労働省のガイドラインがあります。「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン 第7.0版」(令和8年6月)です。概説編は、対象とする医療機関等に、訪問看護ステーションと介護事業者を含めています。
ただし、概説編に「生成AI」の語は出てきません。生成AIを名指しで定めた資料ではありません。
外部サービスへの情報送信を抑えられる構成として、ローカルAIがあります。ローカルで動くだけで安全が保証されるわけではなく、端末の管理なども確かめる必要があります。仕組みと注意点は、ローカルAIと個人情報で書きました。
介護記録AIの1か月の試し方|測るものと記録のしかた
始める前に決める4つ
- 対象業務は1つにする(たとえば、事業所内の連絡文の下書き)。場面が1つなら迷いが減り、結果も比べやすい
- 記録ごとに、照合担当を1人決める。元のメモを確かめられ、記録を確定できる人にする(勤務に応じて交代してよい)
- 期間は1か月にする
- 比べる相手は「AIを使わない場合の所要時間」にする
所要時間は、書き始めから、照合を終えて確定するまでを測ります。比べる相手がないと、減ったのか増えたのか分かりません。開始前に、同じ種類の業務をAIなしで書いた時間を測っておきます。作成者本人が照合するか、別の職員が照合するかは、事業所の記録ルールに従います。どちらの場合も、AIの出力だけで記録を確定しません。
| 期間 | やること | 守ること |
|---|---|---|
| 開始前の数日 | AIなしで、対象業務の1件あたりの所要時間を測る | 測るのは時間だけ。利用者様の情報は記録しない |
| 1週目 | 架空の事例や事業所内の連絡文で、下書きを作り、人が確かめる流れに慣れる | 事業所で決めたサービスと入力範囲に沿う |
| 2〜3週目 | 下の条件をすべて満たす場合に限り、対象の1業務で試す。満たさない場合は、架空の事例で続ける | 照合担当が、元のメモと照らして確かめる |
| 4週目 | 記録シートを見返し、続ける・広げる・直す・やめるを決める | 開始前に決めた基準で判断する |
次の6つは、実際の記録で試すための最低条件です。すべて満たせば安全が保証される、という意味ではありません。1つでも確かめられなければ、架空の事例だけで試します。
- 無料版や個人アカウントのAIを使わない
- 入力が機械学習に使われない契約や設定を、事業所が確かめている
- 入力してよい情報と、入れない情報が文書になっている
- 管理者が利用を承認している
- 誤って入力したときの報告先が決まっている
- 入力する情報は、対象業務に必要な最小限にする
保存期間や削除の方法など、サービスごとの条件は契約と設定で確かめ、事業所の規程と管理者の判断に従います。入力範囲を職員にどう伝えるかは、介護AI研修の始め方にまとめました。
記録シート
記録は、1枚のシートにまとめます。対象業務が発生した全件を、AIを使わなかった場合も含めて1件1行で書きます。使えた日だけを書くと、忙しい日に開かれたかが分からなくなるからです。測る作業が増えると続かないので、項目は絞りました。下の1行目は、架空の記入例です。
| 日付 | 対象業務 | AI(使わない日は理由) | 時間帯 | 所要分(確認込み) | 照合担当(時間内か) | 直した点(種類) | 重大な修正 | 迷ったこと |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 10/○ | 事業所内の連絡文 | 使った | 終業前 | ○分 | 主任(収まった) | 日時 1件 | なし | 既往歴を入れてよいか |
シートには、利用者様の氏名や状況を書きません。「迷ったこと」の欄も、一般的な言い方で書きます。「重大な修正」は、事実と違う内容、大事な事項の抜け、日時や人の取り違えを指します。
見返すときは、次の4点を見ます。どれか1つの数字では決めません。
- 確認込みの所要時間が、AIなしの時間より減る傾向にあるか。件数が少ないときや、業務の難しさが大きく違うときは、減ったと決めない
- 忙しい日にも開かれているか。使わなかった理由は何か
- 同じ迷いが続いていないか。続くなら、基準が足りていない
- 照合が業務時間内に収まっているか
業務時間を測る考え方について
業務時間を測るという考え方は、国の資料にもあります。介護保険最新情報 Vol.1454(令和7年12月25日)は、賃上げ・職場環境改善の支援事業の通知です。生産性向上のための取組の項目に、次の記載があります。
「現場の課題の見える化(課題の抽出、課題の構造化、業務時間調査の実施等)を実施している」
これは、生成AI向けの測り方を定めた資料ではありません。この記事の試し方が、支援事業の要件を満たすという意味でもありません。
続ける・広げる・やめるの判断基準
始める前に、やめる基準も決めておく
次のような状態が見られたら、やめるか、大きく見直します。
- 確認や修正の時間を含めても、書く時間が減る傾向が見られない
- 照合の担当や時間を確保できない
- 重大な修正が繰り返される
重大な修正が1件でも見つかったら、その下書きは使わず、確定済みの記録に影響がないかを確かめます。AIが加えた誤りか、元のメモの不足か、確認の漏れかを分けて記録します。
決めた範囲を超えて入力してしまったときは、時間が減っていても、その日のうちに使うのを止めます。事業所の事故対応の手順に沿って報告し、管理者の指示に従います。入力の履歴を自分の判断で消して、済ませたことにはしません。
やめる判断は、失敗ではありません。決めておいた基準による判断です。基準が先にあれば、言い出しやすくなります。
広げる前に確かめる3点
確認込みの時間が減る傾向にあること。照合が業務時間内に収まっていること。職員の迷いが減っていること。この3点を、記録シートで確かめてから広げます。広げる先も、1業務ずつにします。目安の数字は、事業所ごとに開始前に決めます。この記事では「何%」とは示しません。
判断がつかないときは、使う時間帯を変える、対象業務を絞り直す、照合担当を交代するなど、直して続ける道もあります。1か月で決められなければ、期間を延ばしても構いません。
明日、1つだけ始めるなら
AIを入れる前に、対象にしたい業務を、AIなしで書いた時間を測ってみてください。比べる数字がないと、1か月後に続けるかどうかを決められません。
管理者でない方も、自分の記録1件にかかった時間を書き留めることから始められます。訪問看護の方は、訪問看護のAI活用もあわせてご覧ください。
関連のご案内
- note:介護記録に生成AIを使う前に、事業所で決める3つのこと(短い版)
- 3人対談:3つの立場で考える医療・介護AIのリアル(2026年10月14日・16日・21日配信、無料・事前申込)
- 研修のご案内
参考資料
- 個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について」(令和5年6月2日)
- 厚生労働省「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン 第7.0版」(令和8年6月)
- 厚生労働省 介護保険最新情報 Vol.1454「令和7年度介護分野の職員の賃上げ・職場環境改善支援事業の実施について」(令和7年12月25日)
著者紹介
宮田浩行。看護師・介護福祉士として現場に約15年携わり、現在は医療ライター・AI講師として活動。現場経験を軸に、介護・医療分野のAI活用と情報の安全な取り扱いについて発信しています。