「記録を楽にするためにAIを使いたい。でも、利用者さんの名前や病名をチャットに入力していいのだろうか——」
現場でこういう声を聞くことが増えました。AIへの興味はある。でも、個人情報をどこかに送ってしまうのでは、という不安が先に来て、結局使えないまま。そういう方が多いように感じます。
この記事では、「データがどこへ行くか」という一点に絞って整理します。その視点さえ持てれば、AIをどう選べばいいかが自然と見えてきます。
AIは「便利そう」なのに、なぜ現場では使いにくいのか
記録・書類業務の負担は今も深刻
訪問看護や介護の現場で、書類仕事の重さは相変わらずです。
人手不足が続くなかで、記録・計画書・申し送りの書類仕事が積み重なっていく。夜勤明けに記録が終わらない、訪問から戻るたびにパソコンに向かう——そういった実態は、現場にいた人間として身に覚えがあります。
「この書類仕事を少しでも軽くできないか」。AIへの期待が現場で高まっているのは、こうした切実な背景があるからだと感じます。
個人情報をチャットに打ち込んでいいのか、という不安
そこでAIの話が出てくるのですが、いざ使おうとすると壁にぶつかります。
「ChatGPTに利用者さんの記録を入力して大丈夫?」「施設で禁止されているって聞いたけど、実際のところどうなの?」
事業所によっては「個人情報の入力禁止」「匿名化すれば可」といったルールを整備しているところもあります。ただ、現場の運用まで徹底されているかというと、「ルールはあるが使い方がわからない」「自信がないから触っていない」というのが実態ではないでしょうか。
禁止されているから使わない、ではなく「どうすれば使えるのか」を知ることが、まず必要だと思います。
クラウドAIとローカルAI——「データがどこへ行くか」だけ覚えればいい
ここが今回の記事の核心です。難しい話は一切しません。ひとつのことだけ頭に入れてください。
クラウドAIは入力内容が外部サーバーへ送られる
ChatGPTやGeminiなどに文字を入力すると、その内容はインターネットを通じて外部のサーバーへ送られます。サーバーは国内とは限らず、多くの場合は海外に置かれています。
郵便で手紙を出すのに似ています。出した瞬間に手元を離れ、どこを経由するかは自分にはわかりません。
個人情報保護委員会は2023年6月2日、「生成AIサービスの利用に関する注意喚起」を公表し、個人情報を入力する際には利用目的に必要な範囲か、学習利用の有無や利用規約はどうなっているかを確認するよう求めています。これを踏まえると、利用者の氏名・病名・バイタルといった情報を、規約も確認せずそのまま入力することには注意が必要だと考えます。
ローカルAIはPCの中で完結する
一方、ローカルAIはパソコンの中だけで動きます。AIに入力した内容は、原則としてインターネットを通じて外部のサーバーへ送られることはありません。
代表的なのは「Ollama」というソフトウェアで、Llama系やELYZA系と呼ばれる軽量なAIモデル(パソコンで動かせる小型版)をパソコン上で動かすことができます。
導入手順の詳細はこの記事では割愛しますが、仕組みとしては「パソコンの中にAIを住まわせる」イメージです。
ここで先にお断りしておくと、「ローカルAI=完全に安全、クラウドAI=危険」という単純な話ではありません。どちらにも長所と注意点があり、その理由は記事の後半で改めて説明します。まずは「データがどこへ行くか」という軸で全体像をつかんでください。
訪問看護やICTを使った業務効率化の全体像については、訪問看護ICT活用の基礎もあわせてご覧ください。
医療・介護現場でローカルAIが評価される3つの理由
要配慮個人情報を外に出さずに済む
個人情報保護法第2条第3項では、病歴などの医療・健康に関する情報が「要配慮個人情報」に位置づけられています。通常の個人情報より保護が厚く、取得には原則として本人の同意が必要で、オプトアウト(本人が拒否できる仕組み)による第三者提供は認められていません(個人情報保護委員会FAQ参照)。
診療記録や介護記録に書かれた診断名・服薬情報・健診結果などは、まさにこれにあたります。
2025年2月には、個人情報保護委員会がDeepSeek(中国のAIサービス)について情報提供を行いました。これは、入力したデータが国外のサーバーに保存され外国の法令が適用されうるリスクへの留意を促すものです。国外サーバーへのデータ送信リスクが行政レベルでも意識されているなか、ローカルAIは「外部サーバーへの送信リスクがない」という点で、要配慮個人情報を扱う現場との親和性があります。
厚労省ガイドラインが示す「医療情報の外部送信」への考え方
厚生労働省は「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」を定めており、本稿執筆時点(2026年6月)の正式版は2023年5月公表の第6.0版です(Q&Aなどは随時更新されています)。改訂の動きもあるため、利用時は最新版を確認してください。
このガイドラインは医療機関向けが中心ですが、「医療情報をどこで処理するか」という考え方は、訪問看護や介護事業所にとっても参考になります。
また、医療・ヘルスケア分野に特化した生成AI利用のガイドライン(HAIP第2版、2025年7月)も公開されています。現場でのAI利用指針として、今後の参照価値が高まっていくと見られています。
オフラインでも動く・月額コストに縛られにくい
在宅や施設では、電波の届きにくい環境も珍しくありません。ローカルAIはインターネット接続がなくても動作するため、そういった環境でも使えます。
また、月額サブスクリプション料が発生しないケースが多いのも現実的なメリットです(ただし、動かすためにはある程度のPCスペックが必要になります。この点は後述します)。
実際に何ができるか——記録補助・申し送り要約・書類のたたき台
訪問記録の下書き整理
訪問から帰ってきて、メモや音声から記録の下書きを作る——そういった使い方が試されています。
Allm株式会社が内閣府SIPの支援を受けて行った実証研究(2025年8〜10月、新潟県6ステーション・看護師15名・460件)では、訪問看護報告書の作成時間が削減されたと報告されています(2026年5月25日発表)。作成時間が短いケースで最大42%、負荷の高いケースでも一定の削減が見られたとされますが、これは特定条件下での単一実証であり、すべての現場で同じ効果が得られることを保証するものではありません。
訪問看護支援システム「iBow」では、AIを使った書類作成支援として、計画書と報告書を合わせた作成時間が1名あたり約6分(従来は合計30分超)という参考値を示しています(2024年10月提供開始)。これはベンダーが公表する自社製品の説明値ですので、あくまで参考としてご覧ください。
記録業務のAI活用については、看護記録のAI時短術も参考にしてみてください。
申し送りの要約・書類のたたき台
複数のメモや記録を要約して申し送りを作る、計画書のたたき台を生成する——こういった使い方も、技術者コミュニティを中心に試作が進んでいます。
ただし正直なところを言えば、組織的・公式な導入事例はまだ限られています。現状は「試している段階」であり、標準化されたワークフローが確立されているわけではありません。
AIへの具体的な指示(プロンプト)の書き方については、医療・介護向け生成AIプロンプト集をあわせてご覧ください。
AIは「補助」——最終判断は必ず人間が行う
AIが出力した文章は、あくまで「下書き」「たたき台」です。
確認・修正・承認は、必ず人間が行ってください。
これはローカルAIに限った話ではありませんが、特に医療・介護の文脈で強調したいことです。
診断や治療方針の最終的な判断は医師が担うものですが、訪問記録・ケアプラン・申し送りといった文書は、看護師・ケアマネ・介護職とそれぞれの事業所が確認の責任を負います。誰が作る文書であっても、AIの出力をそのまま使うことには、正確性と責任の両面でリスクがあります。
「AIが書いたから大丈夫」は通用しません。AIは誤りを含む可能性があり、医療・介護の文脈では特にその影響が大きくなります。
使い方次第で安全にも危険にもなる——それがAIの実態です。補助ツールとして活用しながら、最後は自分の目で確認する。この原則を崩さない限り、AIは現場の強い味方になり得ます。
ローカルAIの注意点と限界——「手元にあれば安全」ではない
大手クラウドAIとの性能差は正直ある
ローカルAIで動かす3B〜8Bクラスの軽量モデルは、ChatGPTやClaudeのような大規模モデルと比べると、文章の質や複雑な指示への対応力で差が出ることがあります。
現場レポートとして「訪問記録の下書き補助程度なら実用上問題ない」という声も聞かれますが、これは定性的な情報であり、数値での比較は難しいのが実情です。
「賢さよりも、どこで動くかを優先した選択」——これがローカルAIを選ぶ理由の本質です。精度を取るかプライバシーリスクを抑えるかは、職場のルールや扱う情報の性質によって判断が変わります。
導入にはPCスペックと技術ハードル
ローカルAIを動かすには、それなりのメモリ(目安として16GB以上)やGPUを搭載したパソコンが必要になります。また、Ollamaのインストールや初期設定には、ある程度の技術的な知識が求められます。
「自分でセットアップできる人、またはIT担当者がいる職場向き」というのが現実です。「なんとなく使ってみよう」では、つまずく可能性が高い。誰でも簡単に、とはまだ言い切れないのが正直なところです。
ローカルAI=完全安全ではない。クラウドAI=違法でもない
ここは誤解されやすい部分なので、はっきり書いておきます。
ローカルAIについて:外部サーバーへのデータ送信リスクはありません。ただし、パソコン自体がウイルスに感染していたり、使っているツールに脆弱性があったりすれば、情報漏えいのリスクはゼロではありません。「ローカルAIだから絶対安全」とは言えず、「外部送信リスクがない」が正確な表現です。
クラウドAIについて:業務用の契約(たとえばAzure OpenAIサービスやMicrosoft 365 Copilotなど)では、入力データをモデルの学習に使用しないこと、国内データセンター利用などを選択できるケースがあります。適切な匿名化と契約内容の確認のもとで合法的に使っている事業者も存在します。「クラウドAI=危険・違法」とは言い切れません。
白か黒かではなく、環境・契約・組織のリテラシーに応じた選択が求められます。
業務用クラウドAIの活用に関心がある方は、生成AI業務効率化3倍の実践法もご覧ください。
明日から現場でできる、最低限の確認
仕組みの理解と並行して、実務では次の点を押さえておくと安心です。
- まず職場のルールを確認する:個人情報やAI利用の規定があるか、管理者に確認する。ルールがなければ「決めてから使う」のが順序
- 入力してよい情報・避けたい情報を分ける:氏名・住所・生年月日・施設名など個人が特定できる情報は、そのまま入力しない。どうしても使うなら「80代女性・高血圧・独居」のように匿名化してから
- 出力は必ず読み返す:AIが作った文章に事実の誤りや不適切な表現がないか、自分の目で確認・修正してから記録に反映する
- 保存と削除のルールも決めておく:AIに入力したデータや生成物をどこに保存し、いつ消すかを曖昧にしない
これらは、クラウド・ローカルどちらを使う場合でも共通して効く基本です。
まとめ——「賢さ」より「どこで動くか」を選ぶ時代
データのプライバシーという観点でAIを選ぶとき、現実的な選択肢は3つあります。
- 匿名化してクラウドAIを使う(氏名・病名を除いたうえで入力する)
- 業務用AI契約を結んだクラウドサービスを使う(Azure OpenAI等、学習利用なし・国内サーバーを確認)
- ローカルAIを使う(外部送信なし、PCの中で完結)
どれが正解、ということではありません。職場のルール、扱う情報の性質、使う人のスキル——その組み合わせで変わります。
私自身、ローカルAIを使った介護記録の整理ツールを個人の試行として作ってみたことがあります。難しくはないものの、万人向けとは言えないという感触も得ています。
まずは「AIを使っていいかどうか」ではなく、「データがどこへ行くか」を問いの出発点にしてみてください。仕組みを知ることが、安全な活用への第一歩です。
次のステップ
まずは自分の職場の個人情報ルールを確認してみてください。「AIを使っていいか」ではなく、**「どのAIをどう使えばルールに合っているか」**が、正しい問いの立て方です。
参考
- Allm株式会社「SIP第3期 訪問看護報告書作成AI実証結果」(2026年5月25日)
https://www.allm.net/news/20260525/ - iBow「AI活用による訪問看護書類作成支援」(2024年10月)
https://ewellibow.jp/lp/ai/ - 個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起」(2023年6月2日)
https://www.ppc.go.jp/news/careful_information/230602_AI_utilize_alert/ - 個人情報保護委員会FAQ「要配慮個人情報」
https://www.ppc.go.jp/all_faq_index/faq3-q2-4/ - 厚生労働省「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン 第6.0版」(2023年5月)
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/0000516275_00006.html - HAIP「医療・ヘルスケア分野における生成AI利用ガイドライン第2版」(2025年7月)
https://haip-cip.org/news/20250711/