「職員が個人でAIを使い始めているが、うちは大丈夫だろうか」。そう感じている施設長は少なくありません。ある調査では、職場に明確なルールがないまま生成AIを使っている人が約7割にのぼるという結果も出ています。本記事では、「何を・誰に・いくらで」の3つの軸で研修を選び、最後に「どう定着させるか」を加えた計4つの視点で整理します。
なぜ今、介護施設に「AI研修」が必要なのか
現場はすでにAIを使い始めている「野良AI利用」の実態
多くの施設で、研修より先に現場が動いています。組織が把握・承認していないAI利用、いわゆる「野良AI利用」が先行している状態です。
介護・障害福祉の従事者184名を対象とした任意のオンライン調査(パパゲーノAI福祉研究所、2025年)では、生成AIを週1回以上利用している人が71.2%にのぼりました。回答者は就労支援・児童発達支援など障害福祉分野が中心で、AIに関心の高い層が多い可能性がある調査のため、数字はその前提で割り引いて読む必要があります(調査元も明記しています)。
同調査では、無料版を個人の判断で使っている人が44.4%、記録や計画書の作成に生成AIを使った経験があると答えた人は48.2%にのぼりました。一方、上司に報告・相談している人は41.4%にとどまるという報告もあります(出典: パパゲーノAI福祉研究所「介護・障害福祉現場における生成AI活用に関する調査」2025年)。
現場では、記録や計画書といった利用者情報に関わる文書作成にも、すでにAIが使われ始めているとみてよさそうです。
ルールがないことのリスク
同じ調査では、職場に明確なルールが「ある」と答えた人は19.8%、「ない」が69.1%、「分からない」が11.1%でした(出典: 同上)。
ルールが定まっていない状態では、個々の職員の判断に利用のあり方が委ねられ、施設として利用状況を把握・統制しにくくなります。
研修は「AIを使わせるため」だけでなく、「すでに使われているAIの使い方を整えるため」に必要な段階に来ています。
職員自身も学びを求めている
見方を変えると、これはチャンスでもあります。
同調査では、92.9%の人が「AIについて学ぶ機会が必要」と回答しています(出典: 同上)。学ぶ機会を求める声が9割を超えたという結果は、研修が押し付けではなく現場のニーズであることを示しています。
研修を「制限のための説明会」ではなく「安心して使うための場」として位置づけることが、最初の一歩になります。
選ぶ前に決めておきたい3つの軸
研修会社を探す前に、施設内で整理しておきたい論点が3つあります。
何を学ぶか
生成AIリテラシー全般を教えるのか、記録業務への活用に絞るのか。目的によって研修内容は変わります。
多くの施設ではすでに介護記録ソフトが日常的に使われています(日常利用率75.4%、出典: 介護労働安定センター「令和6年度介護労働実態調査」2025年7月公表)。既存のICTツールの延長線上でAIを位置づけると、職員にとってイメージしやすくなります。
誰に受けさせるか
全職員を一斉に対象にするか、リーダー層から先行導入するか。
介護労働実態調査では、従業員の不足感を訴える事業所が65.2%、離職率は12.4%と報告されています(出典: 同調査)。人手が限られる中で、全員研修の日程を一度に確保するのは難しい施設も多いはずです。まずリーダー層が学び、現場に伝えていく段階導入も選択肢の一つです。
いくらかけるか
研修費用は形態によって幅があります。一般的な参考値として、eラーニングは数千円程度から、集合型の外部研修は数十万円程度からという価格帯が見られます(これは一般企業向けの相場観であり、介護施設専用の統一価格ではない点にご留意ください)。
自施設の予算感と照らし合わせながら、無理のない選択肢を検討することが大切です。
3つの選択肢とそれぞれの向き不向き
公的な無料研修
日本介護福祉士会は2023年度(令和5年度)、厚生労働省事業として「デジタル・テクノロジー基本研修」というモデル研修を実施し、研修ガイドラインを無料公開しています(出典: 日本介護福祉士会「デジタル・テクノロジー基本研修ガイドライン」)。
その後継として、令和6年度以降は「介護デジタル中核人材養成研修」が厚生労働省委託事業として継続実施されています。無料のオンライン研修で、実務経験3年以上などの条件があり、令和7年度分は2026年3月まで実施される予定です。
いずれも生成AIに特化した研修ではなく、デジタル・ICT活用全般を扱う内容である点には注意が必要です。コストを抑えたい施設が、まず検討したい選択肢の一つですが、対象者や実施時期の条件は年度により変わるため、詳細は日本介護福祉士会や厚生労働省の案内で確認してください。
民間のAI研修会社
民間企業の研修は、スピード感やカスタマイズ性に強みがあります。一方で、介護以外の業種にも展開している汎用プログラムをそのまま持ち込むと、現場の実務と内容がかみ合わないケースもあります。
導入前に、介護現場の事例を扱った実績があるかを確認しておくと安心です。
自施設内での内製・OJT型
現場をよく知る職員が講師役を担う内製型は、実務に即した内容にしやすい方法です。ただし教える職員に負担が偏り、その人が異動・退職すると研修自体が続かなくなる「属人化」のリスクもあります。
私自身、現場で教わる側・教える側の両方を経験してきた立場から言うと、教わる側だった頃は「難しい言葉で説明されると、それだけで身構えてしまう」と感じ、教える側になってからは「現場の言葉に置き換えないと伝わらない」と気づかされました。内製型と外部研修、どちらか一方が正解というより、施設の状況に応じて組み合わせるのが現実的だと感じています。
研修前に必ず確認したい「個人情報」というリスク
要配慮個人情報を生成AIに入力する危うさ
介護現場の記録には、利用者の病歴や障害の事実、診療・調剤の過程で得られた情報など、特に取り扱いに注意が必要な情報が含まれます。これらは個人情報保護法上、「要配慮個人情報」に位置づけられています。
また、介護保険被保険者証の保険者番号と被保険者番号は、組み合わさることで「個人識別符号」に該当します(出典: 個人情報保護委員会・厚生労働省「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」)。
こうした情報を生成AIサービスに入力する危うさは、無料か有料かではなく、「入力したデータがAIの学習に使われる設定になっていないか」「事業者として契約し、利用範囲を管理できているか」で判断すべきものです。研修では、AIの使い方だけでなく「何を入力してはいけないか」「どんな設定を確認すべきか」を明確に伝える必要があります。
「ガイダンス=生成AI専用ルール」という誤解に注意
このガイダンスは、生成AIの利用を想定して新設されたものではありません。医療・介護分野における個人情報の取り扱い全般を定めたものです。生成AI利用については、既存のルールの延長として解釈する必要があるという点に注意が必要です。
研修を企画する際は、生成AI専用の新しいルールを一から作ると考えるより、既存の個人情報管理規定にAI利用の視点を加える形で整理すると、職員にも理解されやすくなります。
費用を抑える選択肢―介護テクノロジー導入支援事業(補助金)
制度の概要と補助率
厚生労働省の「介護テクノロジー導入支援事業」は、介護ロボットやICT機器の導入を支援する補助制度です。補助率は、一定の要件を満たす事業所では4分の3を下限、それ以外の事業所では2分の1を下限として、都道府県が設定する仕組みになっています。ICT導入の補助基準額は職員数に応じて100万〜250万円で、職員31名以上の事業所では最大250万円とされています(出典: 厚生労働省「介護テクノロジー導入支援事業実施要綱」)。
都道府県差と申請タイミング
この事業は都道府県ごとに実施されており、補助率や上限額、申請条件は地域によって異なります。申請の受付時期も、夏から秋にかけて集中する傾向があります。実際に活用を検討する際は、必ず自地域の実施要綱を確認してください。
研修費用が対象になるかは要確認
研修費用そのものが補助対象になるかどうかは、内容によって扱いが分かれます。介護生産性向上総合相談センターなどが行う研修は対象外とされる一方、都道府県が独自に実施する研修であれば受講費用が補助対象になりうる、という整理です。都道府県や年度によっても取り扱いが変わるため、申請前に自地域の窓口へ確認することをおすすめします。
研修を「やって終わり」にしない―現場経験から見た定着の分かれ目
失敗する施設に共通するパターン
私が見聞きしてきた範囲では、研修を実施しても現場に根づかないケースには、いくつか共通点があります。
- 管理部門だけで研修内容を決め、現場の意見を聞かずに導入する
- 操作が複雑で、現場のITスキルに合っていない
- 単発の研修で終わり、日々の運用ルールに落とし込まれない
これらに一つでも当てはまると、研修の効果は限定的になりやすいと感じています。
うまくいく施設は「小さな成功体験」から始めている
定着している施設に共通するのは、最初から大きな変化を求めていない点です。まず一つの業務、例えば記録の下書き作成など、限定的な場面からAIを使ってもらいます(事業所として承認したツールで、個人が特定できる情報を除いたうえで。出力は必ず職員が原文と照合します)。そうした条件のもとで、「これは楽になった」という小さな実感を積み重ねている施設が多いようです。
小さな成功体験があると、次のステップへの抵抗感が下がりやすくなります。
看護師・介護福祉士としての現場経験から
私は看護師として8年、介護福祉士として7年、現場で働いてきました。新しい機器やシステムが入るたびに、「また覚えることが増えた」とため息をつく同僚を何人も見てきましたし、私自身もそう感じたことがあります。
AIも同じだと感じています。どれほど便利な仕組みでも、現場の一人ひとりが「自分の仕事がどう楽になるか」を実感できなければ、使われないまま終わってしまいます。
研修講師として現場に入る際は、機能の説明より先に「今日の記録業務のどこが一番しんどいですか」と聞くようにしています。そこから逆算して伝える方が、結果的に現場に残ると感じています。
研修を始める前に、運営会議で確認したい3つの問い
研修会社を選ぶ前に、施設内の会議で次の3点を話し合っておくと、その後の検討がスムーズになります。
- いま自施設で、誰が・どのAIを・どんな情報で使っているか把握できているか
- 記録・計画書へのAI利用を「認める・認めない」の線引きは決まっているか
- 既存の個人情報管理規定に、AI利用の視点は反映されているか
まとめ―自施設に合った介護AI研修の選び方
4つの判断軸のおさらい
- 何を学ぶか: 記録業務中心か、リテラシー全般か
- 誰に受けさせるか: 全員一斉か、リーダー先行の段階導入か
- いくらかけるか: 公的な無料研修から民間の集合研修まで幅がある
- どう定着させるか: 単発で終わらせず、運用ルールに落とし込めるか
まず現状を把握することから始める
どの研修が合うかは、施設によって「今どこまでAIが使われているか」で変わります。まずは無料のAI活用セルフチェック(https://miyatahiroyuki.com/ai-selfcheck)で、自施設の現状を数分で確認してみてください。
参考文献
- パパゲーノAI福祉研究所「介護・障害福祉現場における生成AI活用に関する調査」(2025年) https://ai-fukushi.net/survey-results/ (閲覧日: 2026年7月19日)
- 介護労働安定センター「令和6年度介護労働実態調査」(2025年7月公表) https://www.kaigo-center.or.jp/content/files/report/R6_jittai_chousa_press.pdf (閲覧日: 2026年7月19日)
- 厚生労働省「介護テクノロジー導入支援事業実施要綱」 https://kouseikyoku.mhlw.go.jp/shikoku/000416638.pdf (閲覧日: 2026年7月19日)
- 個人情報保護委員会・厚生労働省「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」 https://www.ppc.go.jp/personalinfo/legal/iryoukaigo_guidance/ (閲覧日: 2026年7月19日)
- 日本介護福祉士会「デジタル・テクノロジー基本研修ガイドライン」 https://www.jaccw.or.jp/23R5DT_Guideline.pdf (閲覧日: 2026年7月19日)
- 厚生労働省「令和7年度介護デジタル中核人材養成研修募集要項」 https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001586899.pdf (閲覧日: 2026年7月19日)