介護ソフトが定着しない。入れたのに紙の記録が減らず、入力の仕方は人によってばらばらで、二重記録もなくならない。こうした悩みは、ソフトの性能より「導入前後の数十日をどう過ごしたか」で差がつくことが多いと、現場で感じてきました。
この記事では、看護師・介護福祉士として現場に15年携わってきた筆者が、国が示す生産性向上の手順に90日を当てはめます。導入前の1週間、0〜30日、31〜60日、61〜90日に現場リーダーがやることを順に整理します。施設・訪問介護・訪問看護に共通する流れとして書き、訪問系で違う点は各所に添えます。
介護記録ソフトが定着しない・使われないのはなぜか
機能よりも「運用」で差が出る
操作が難しいから使われない。そう考えがちですが、現場の印象は少し違います。多いのは、決め事がない、聞ける人がいない、習慣になる前に忙しさに負ける、という重なりです。運用の決め方で定着の度合いは変わると感じています。これは筆者の経験に基づく見方で、調査で確かめた結論ではありません。
調査で分かっていること、分かっていないこと
介護労働安定センターの「令和6年度介護労働実態調査 事業所調査」(2025年7月)では、回答した8,978事業所のうち、利用者情報(ケア記録・ケアプラン等)の入力・保存・転記の機能を日常的に利用している事業所は75.4%でした。ICT(情報通信技術)機器や介護ロボットの導入効果については、「昼間の業務負担の軽減」に効果がある・やや効果があると答えた事業所が49.4%、「夜間の業務負担の軽減」は44.6%です。
つまり、記録ソフトは多くの事業所にすでにあります。一方で、効果を感じている事業所は半数前後にとどまります。ただし、この調査は記録ソフトだけを切り出した数字ではなく、導入後に定着しなかった割合を示す全国データも、筆者が確認できた範囲ではありませんでした。
最初の1か月で紙に戻ると、戻ったままになりやすい
筆者の実感では、最初の1か月で一度紙に戻ると、そのまま戻ったままになることが多くありました。詰所の引き出しに記録用紙が残っていると、忙しい日に手が伸びます。訪問系では、車に積んだままの紙の記録用紙が同じ役割をします。この点を直接調べた調査は、確認できていません。
導入前の1週間にやる4つのこと
先に断っておくと、この記事の90日は、国が示した期間ではありません。厚生労働省は介護分野の生産性向上の進め方を「①準備②見える化③計画④実行⑤振り返り⑥練り直し」の6手順で示し、計画は「3か月程度の取組期間」を目安にしています。この型に、筆者が90日を当てはめた整理です。
今の記録時間を一度だけ書き留める
紙で記録している今のうちに、職員1人が1日の記録にかける時間を一度だけ書き留めます(手順②の見える化)。厳密でなくて構いません。すでに導入済みで測っていない場合は、今の時間を出発点として記録します。ここを飛ばすと、61〜90日で効果を比べる相手がなくなります。
紙とソフトの線引きを決める
どの記録を紙に残し、どれをソフトに入れるか。まず一覧にします。ここが曖昧だと、同じ内容を両方に書く二重記録が起きます。
厚生労働省の「居宅サービス事業所におけるICT機器・ソフトウェア導入に関する手引き Ver.2」は、導入の効果を4つに分けて示しています。その一つが「転記不要(一気通貫)による記録負担軽減」です。入力した内容を別の書類に写さない形を指します。線引き表を作るときの物差しになります。
一覧は、次の3列で足ります。
| 記録の種類 | 紙かソフトか | 理由 |
|---|---|---|
| バイタルサイン・食事量 | ソフト | 転記をなくす |
| 利用者様本人の署名が要る書類 | 紙(当面) | 署名の扱いを確認中 |
| 停電・通信障害時の記録 | 紙 | 復旧後にソフトへ入力 |
紙をやめる範囲は、記録の保存年限や署名の要否、指定権者(市町村や都道府県)の扱い、法人の規程を確認してから決めます。
「聞ける人」を決める
操作に迷ったとき、誰に聞くか。窓口は1人に決めます。あわせて、夜勤や休みの日のために、勤務帯ごとに「次に聞く人」も1人ずつ決めておきます。国の手順①でも、最初にプロジェクトチームとリーダーを決めるとされています。
その人が通常業務の合間に質問を受け続けると、続きません。相談を受ける時間を、勤務の中に先に取っておきます。
入力の型を「1件だけ」作る
全部の型を最初から整えると、準備で疲れます。まず、いちばん件数の多い記録を1つ選びます。例えば、バイタルサイン(体温や血圧など)と食事量の入力順です。型が1つあるだけで、迷う場面は減ります。
0〜30日:全員が触り、つまずきを1つ直す
まず全員が1回触る
日勤、夜勤、パート、登録ヘルパーを問わず、全員が1回は実際に入力します。見学だけでは、手が覚えません。研修の時間は、勤務時間内に確保します。訪問系では、直行直帰の職員が多いので、訪問の合間に事業所へ寄る日を1日だけ決めると集めやすくなります。
つまずきを集めて「1つだけ」直す
つまずきは、付箋でも共有チャットでも集められます。集まったら全部は直さず、いちばん多いものを1つ選びます。国の手順③も、解決する課題を絞り込むことを示しています。
1つ直ると、現場に「変わった」という実感が残ります。次の声も出やすくなります。
二重記録を点検する
2週目あたりで、紙とソフトに同じ内容を書いていないかを見ます。筆者の経験では、念のために紙にも残している人は、どの職場にもいました。責める場面にはせず、線引きが伝わっていないサインとして受け止めます。
記録が「読まれる場」をつくる
入力しても誰も読まなければ、書く意味が薄れます。申し送りで、紙の代わりに画面を見る場をつくります。訪問系なら、朝の共有チャットで前日の記録を1件取り上げるだけでも同じ働きをします。「書けば読まれる」と伝わると、入力が続きます。 訪問看護でのICTの使い方は、訪問看護のICT活用の記事にまとめています。
31〜60日:記録を見て会議し、勤務帯の差を埋める
記録を見ながら会議する
月に1回でよいので、画面を映して会議をします。国の手順④は、まずはとにかく取り組み、試行錯誤を繰り返すことです。「申し送りが短くなった」「探す手間が減った」など、小さな変化を言葉にして共有します。
勤務帯ごとの差を埋める
先ほどの調査では、ICT機器等の効果ありは昼間49.4%、夜間44.6%でした。この差だけで原因は言えません。
筆者の経験では、日勤は詳しく書き、夜勤は短くなる、という粒度の差が出た例がありました。夜勤は人が少なく、その場で聞ける相手がいないことが多くありました。訪問系では、常勤と登録ヘルパーの差として出やすいと感じています。人の少ない勤務帯の声を先に聞き、入力項目を減らせないか見直します。
新人でも崩れない引き継ぎをつくる
新しく入った人が、先輩ごとに違う教え方を受けると、型が崩れます。1ページの手順書をつくり、最初の数日は先輩と一緒に入力します。手順書に載せるのは、ログインの仕方、入力の順番、迷ったときの聞く先の3つで足ります。ソフトにAIの下書き機能がある場合は、人が確認する習慣も一緒に伝えます。誤りの見つけ方は、AI記録の誤りと確認方法の記事に書きました。
61〜90日:測って、1枚に固定し、要望を整理する
入力時間の変化を測る
導入前に書き留めた時間と比べます(手順⑤の振り返り)。測る相手は導入前と同じ職員、同じ記録の種類にそろえます。数週間の比較では、慣れの影響が大きいと筆者は考えています。90日時点の数字はひとまずの結果として記録し、次の3か月でもう一度比べます。記録時間の測り方は、記録時間の短縮の記事でも触れています。
ルールを1枚に固定する
紙に残す記録の範囲、入力の型、困ったときの聞く先。この3つを1枚にまとめます。施設なら詰所に掲示し、訪問系なら事業所のスマホの待ち受けか共有チャットの固定メッセージに置きます。
掲示する紙には、IDやパスワードを書きません。端末の持ち出しや私物スマホを使うかどうかも、ここで決めておきます。個人情報の扱いは、個人情報保護委員会と厚生労働省の「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」が土台です。生成AIを記録に使う場合のルールは、介護施設の生成AI利用ルールの記事にひな形を置いています。
ベンダーへの要望を整理する
ソフトの提供会社への要望は、「使いにくい」だけでは伝わりません。どの画面で、何をしたら、どうなって、現場の何が困るか。この4つを添えます。
導入や研修に使える補助金は、年度・都道府県で内容が異なります。研修や業務改善の支援を対象にしている例もありますが、最新は都道府県の公募要領で確認してください。
介護ICTの導入が失敗に見えるときの見直し3点
90日を過ぎても定着しないときは、次の3点を見ます(手順⑥の練り直し)。
- 機器と現場の課題がずれていないか
- 推進役に時間と権限があるか
- 研修や相談の時間が確保されているか
1点目は、国の手順②が「現場の課題を見える化してから取り組む課題を決める」としている考え方と同じです。2点目と3点目は、これまでの手順の土台です。聞ける人に時間がなく、学ぶ時間もなければ、どんなソフトでも続きません。AIによる記録支援でも、つまずく点はよく似ています。気になる方は、AI記録が使われない要因の記事も読んでみてください。
まとめ:明日から1つだけやるなら
90日の流れを、もう一度並べます。
- 導入前の1週間:記録時間を書き留め、線引き、聞ける人、入力の型を決める
- 0〜30日:全員が触り、つまずきを1つ直す
- 31〜60日:記録を見て会議し、勤務帯の差を埋める
- 61〜90日:測って、1枚に固定し、要望を整理する
明日から1つだけやるなら、紙に残す記録だけを書き出してみてください。書き出すと、どこで二重記録が起きているかが見えてきます。
最初の1か月の動きを週ごとに点検したい方には、noteに介護ソフト導入後の最初の30日チェックリスト|現場リーダーが週ごとに見る12項目をまとめています。
参考文献
- 介護労働安定センター「令和6年度介護労働実態調査 事業所調査 結果報告書」2025年7月(7. ICT機器・介護ロボット、図表7-1-1・7-2-1) https://www.kaigo-center.or.jp/content/files/report/R6_jittai_chousa_jigyousyo_honpen1.pdf
- 厚生労働省「介護分野における生産性向上の取組の進め方(改善活動の標準的なステップ)」 https://www.mhlw.go.jp/kaigoseisansei/what/step.html
- 厚生労働省「居宅サービス事業所におけるICT機器・ソフトウェア導入に関する手引き Ver.2(概要版)」2022年 https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001276276.pdf
- 個人情報保護委員会・厚生労働省「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」 https://www.ppc.go.jp/personalinfo/legal/guidelines/
- 厚生労働省「介護分野における生産性向上」 https://www.mhlw.go.jp/kaigoseisansei/index.html
執筆者
宮田浩行 看護師・介護福祉士・医療ライター。現場15年。