「記録が終わらない」「申し送りのメモ、後でまとめようと思ったらもう時間がない」——そんな声を、現場でずっと聞いてきました。私自身、看護師として働いていたころ、記録に追われて休憩もろくに取れない夜勤を何度も経験しています。
最近、AIを使って記録業務を楽にしようという動きが広がってきました。ただ、「AIってなんか難しそう」「間違ったことを書かれたら困る」という不安もよく聞きます。
この記事でお伝えしたいのは、AIに「丸投げ」するのではなく、「下書きをAIに任せ、確認と完成は自分」という役割分担です。その現実的な出発点について、現場目線でわかりやすく解説します。
なぜ今、看護・介護の現場でAIが注目されるのか
記録業務にどれだけの時間がかかっているか
看護師の記録にかかる時間を調べた研究があります。日本看護研究学会雑誌(2021年)によると、日勤で平均約94分、夜勤で平均約103分が記録業務に費やされているという報告があります。勤務時間全体の約20%に相当します。
この数字を見て「そんなもんよりもっとかかってる」と感じた方もいるかもしれません。それだけ記録業務の負担は重く、かつ個人差や職場差も大きい領域です。
介護の現場でも事情は似ています。ケア記録・申し送り・ケアプラン関連の書類と、書き物の種類は多岐にわたります。「ケアに使う時間を増やしたい」という思いは、どの現場でも共通しているはずです。
AI活用で記録の時間を短縮できる可能性については、看護記録をAIで時短する方法でも具体的に紹介しています。
関心はあっても踏み出せていない人がほとんど
2024年9月にIndeedが実施した調査(医師・看護師が対象)では、看護師のAI業務利用経験は**7.5%にとどまる一方、今後の利用意向は54.2%**に上るという結果が出ています。
「使ってみたい」という気持ちはあるのに、なかなか一歩が踏み出せていない——これは、あなただけではありません。むしろ、今がちょうど「知識として知っておくべき時期」だと思っています。早すぎず、遅すぎず。
AIに任せられること・任せてはいけないこと
まず「できること」から整理する
AIは文書作成の補助ツールです。診断や治療の判断はできませんし、するべきでもありません。ただ、文章を書く・まとめる・整理するという作業には、かなり力を発揮します。
現場での活用例としては、以下のようなものが考えられます。
- 箇条書きのメモを記録の下書きに整える
- 申し送り内容を要点ごとにまとめる
- 専門用語を患者さん・ご家族にわかる言葉に言い換える
- 患者説明文の草案を作る
- 研修資料の骨子を作る
- ケアプランのたたき台を作る
「たたき台」「下書き」がキーワードです。AIが出したものをそのまま使うのではなく、自分の目で確認し、必要なら修正してから使う。この流れを前提にしてください。
具体的なプロンプト(AIへの指示文)の書き方は、医療介護の生成AIプロンプト集にまとめています。あわせて参考にしてみてください。
NGを表で確認する
AIを使う前に、やってはいけないことも押さえておきましょう。
| やってはいけないこと | 理由 |
|---|---|
| 「この症状は○○病ですか?」と診断を求める | 診断は医師の業務。AIの回答を判断材料にするのは危険 |
| 患者さんの氏名・生年月日・ID・病名などを入力する | 個人情報保護法違反のリスク(個情委2023年6月ガイドライン) |
| AIの出力をそのまま記録・書類に転用する | ハルシネーション(もっともらしい誤情報)が含まれる可能性がある |
| 施設・事業所の許可を得ずに使い始める | セキュリティポリシー違反になる場合がある |
出典: 医療AIプラットフォーム技術研究組合(HAIP)「医療・ヘルスケア分野における生成AI利用ガイドライン第2版」(2025年7月)、個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン」(2023年6月更新)
「何でもできる魔法のツール」ではなく、「適切に使えば頼りになる補助ツール」という認識が大切です。
実際の使い方イメージ
3ステップで試してみる
難しく考える必要はありません。基本的な流れは3ステップです。
ステップ1:自分のメモを用意する(個人情報は入れない)
例えばこんなメモです。
「食事6割・むせあり・本人は気にしていない様子。水分補給は促せば摂取。午後に傾眠あり」
氏名・生年月日・IDは含めず、状態だけをメモします。
ステップ2:AIにプロンプト(指示)を送る
「以下のメモをもとに、介護記録の下書きを作ってください。敬体(です・ます調)で、事実に基づいた記述にしてください。+(上記のメモ)」
ステップ3:出てきた下書きを自分で確認・修正する
AIが出力した文章を読み、内容が実際の状況と合っているか確認します。言い回しがおかしければ直し、足りない情報があれば追記します。最終的な内容に責任を持つのは、常に記録者本人です。
現場目線より
私が初めてAIに記録の下書きを出してもらったとき、「こんなに速く文章になるのか」と素直に驚きました。もちろん、そのまま使えるわけではありません。でも、「白紙から書く」という一番しんどい部分をAIが担ってくれるだけで、気持ちの負担がかなり違いました。
業務全体の効率化につながる事例は、生成AIで業務効率化3倍の現場事例でも紹介しています。
先行事例から見える可能性
すでにAIを医療・介護現場に導入している施設もあります。
南部徳洲会病院では、AI音声要約ツール(Ubie)を活用することで、月約200時間の業務時間を創出したという報告があります(ツール提供企業の発表による)。また、大阪国際がんセンターでは日本IBMと協力し、2025年から看護音声入力AIの実証・運用に取り組んでおり、看護カンファレンスの記録時間が最大42.2%短縮されたという実証結果も報告されています(大阪国際がんセンター・日本IBM、2025年)。
ただし、効果は職場の環境・運用方法・導入ツールによって大きく異なります。「うちでも必ず同じ結果になる」とは限りません。あくまで「こういう使い方をしている現場がある」という参考として捉えてください。
使う前に必ず守る3つの約束
①個人情報は絶対に入れない
「匿名化」という言葉をご存じでしょうか。誰のことかわからない状態に情報を加工することです。
AIに情報を入れるときは、以下のようなものは含めないようにしてください。
- 氏名・生年月日・住所
- 患者ID・介護保険番号
- 特定できる疾患名や経緯の組み合わせ
代わりに「A様・80代女性・療養中」のような表記にする、あるいは状態の事実だけを入力するというやり方が基本です。
個人情報保護委員会の「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン」(2023年6月更新)でも、生成AIに要配慮個人情報を入力することへの注意が促されています。施設によっては厚生労働省の「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」に基づく規定もあるため、職場のルールとあわせて確認してください。
個人情報を入力しないための具体的な方法は、個人情報をAIに入れない・ローカルAIの選択肢でまとめています。
②出力は必ず自分の目で確認する
「ハルシネーション」という言葉を聞いたことがありますか? AIが「もっともらしいけれど実際には正しくない情報」を自信満々に出力してしまう現象です。
医療・介護の現場でこれが起きると、深刻な問題につながる可能性があります。だからこそ、AIが出した文章は必ず自分で読み直すことが不可欠です。
ここで大事なことをお伝えします。記録を確認できるのは、「その場にいた人」「その方のことを知っている人」だけです。AIにはわかりません。あなたの専門知識と現場経験こそが、AIの出力を正しく評価するフィルターになります。記録の法的責任は、常に記録者本人にあります。
これは脅しではなく、「あなたの専門性があるから確認ができる」という話です。
③施設・事業所のルールを先に確認する
施設には情報セキュリティのポリシーや規定があるはずです。AIツールの業務利用も、それに準じて考える必要があります。
セキュリティポリシー・情報管理に関する規定・契約内容を、使い始める前に確認しましょう。「とりあえず使ってみた」では、後からトラブルになる可能性があります。
ITが得意でなくても大丈夫な理由
「正しい成果を知っている人」がAIを使うと強い
「ITが苦手だから自分には無理」と思っていませんか? 実はその認識、逆かもしれません。
Anthropic(AIを開発している会社)が2026年6月に公開した40万セッション以上の分析では、プログラミングの経験そのものよりも、「何を正しい成果とするかを知っている専門知識」がAI活用の成果を大きく左右することが示されています。
つまり、技術的な知識がなくてもAIは使えます。むしろ、「正しい記録とはどういうものか」「このケアの方向性は合っているか」を判断できる専門知識こそが、AI活用の核心です。
現場目線より
ITが得意な人がAIを使うより、ケアの正解を知っている人がAIを使った方が、いいものができると私は思っています。「この記録に何が欠けているか」がわかるのは、現場の専門職だけです。
まず1つ試すのが全てのスタート
「全部わかってから使い始めよう」と思っていると、永遠に始められません。
今日の申し送りメモを、一度AIに下書きさせてみる。それだけでいいです。
Indeed2024年9月の調査(医師・看護師が対象)では、AIを業務で使い始めた看護師の78.7%が継続意向を示し、59.8%が効率化を実感したという結果が出ています。使ってみた人の多くが「続けたい」と感じているということです。
最初の一歩は、小さければ小さいほどいい。「今日の申し送りメモだけ」から始めてみてください。
もっと体系的に学びたい方へ
ここまで読んで「もう少し具体的に学びたい」と思った方に、私が作ったUdemy講座をご紹介します。(※以下は、著者である宮田が制作・販売している講座のご案内です)
看護師・介護士のためのAI活用入門 〜Claude実践ガイド〜
7セクション・39レクチャー、約3時間の講座です。医療介護の現場で実際に使えるプロンプトテンプレートなど、配布資料6種もついています。
この講座自体の制作にもAIを活用しています。「AIを使いながらAIの講座を作る」——これ自体がAI活用の実例だと思っています。
現場経験のある看護師・介護福祉士が講師なので、「現場で実際に使えるか」という視点を大切にしています。
公開記念クーポンつきで受講できます(有効期限は講座ページでご確認ください)。気になった方はのぞいてみてください。
著者プロフィール
宮田浩行
看護師8年・介護福祉士・医療ライター・AI講師。医療介護現場での経験をもとに、現場で使える情報を発信しています。Kindle著者として医療福祉系書籍を多数執筆。AI活用の普及を目指し、医療介護職向けの講座やコンテンツ制作にも取り組んでいます。
X(旧Twitter): @miyata8hiroyuki